第11話 スナックの真実

「こんばんは、マリで~す ! 」

 …付き出しの小鉢を私たちに配りながらお姉さんは笑顔を見せました。

「…皆さんご旅行でいらしたの?…どうぞごゆっくり ! 何をお飲みになるかしら?」

 マリさんは艶っぽく言いました。

「水割り」

「私も ! 」

「じゃあ水割り3つ!」

 …ラッキーなことに私たち以外に客は無く店内は静かで、マリさんと一緒に寛いで飲めそうな雰囲気の中、私たちの相好も崩れて来たのでした。

 …ところが !!

 水割りのグラスを私たちのテーブルに置くと、マリさんはニッコリと笑顔で言いました。

「では皆さんごゆっくり ! 私はこれで…!」

 そして素早く立ち上がると店奥のカウンターの中に向かって、

「ママ~!水割りお出ししました~、上がりま~す!」

 と言って、私たちに会釈すると店の扉から外に出て行ってしまいました。

「ええっ !? 何で?…そんな!…」

 彼女が去って呆然とする男たちの前に、カウンターの奥からのっそりとこの店のママさんが出て来て、ニコリともせずに、

「いらっしゃい」

 と3人に言いましたが、その顔からは全く愛想というものが感じられぬ上に、推定年齢おそらく60代半ばのシワ深い肌を厚化粧で隠して隠し切れぬ哀しさを滲ませていたのでした。

「マリちゃん?…あの娘は9時半で上がりなの ! ここ漁師町だから、オッサンら朝早いからねぇ、あんまり遅くまで店に居ないのさ」

 …ママの言葉に静かにうつむきながら水割りを飲む男たちのテーブルに、彼女はカラオケの分厚い歌本をドサッと置いて、

「…歌えば?」

 と言いました。

 …まるで罰ゲームをやらされているかのように渋々と竹橋君が一曲歌うと、ママはパンパンパン、と乾いた拍手をして相変わらず無表情のまま、

「上手 ! …はい次!」

 と言いました。

 私たちは何だかとてもやるせない気持ちのままに各自一曲づつ歌うと、竹橋君がついに耐えかねたかのように、

「ママ、俺たちもう眠くなって来ちゃったんで、悪いけどお勘定して!」

 と言いました。

「…何よ、今来たばっかりなのにもう眠くなったのかい?…情けないねぇあんたたち!」

 ブツクサ言ってるママにお金を払って店の外へ出ると、海からの湿った夜風がそこはかとなくヒンヤリと街に流れていました。

「…すいません ! お店、ハズシました…!」

 顔に夜風を受けながら、そう言って竹橋君は大いにヘコみ、うなだれたのでした。

 そんな彼を可哀想に思ってか、湯野木さんが努めて明るく声をかけました。

「じゃあ、その辺のお店でお酒をちょっと仕込んで民宿で飲み直ししましょうよ!…竹橋さんもそんなショゲないで…さぁ !! 」

「うん、そうだな、そうしよう!」

 私も頷いて竹橋君の肩をたたき、3人で顔を上げれば、海辺の街の夜空にはたくさんの星が光り、街のバックの伊豆の山々の黒いシルエットの上にはぽっかりと白く丸い月が浮かんでいたのでした。

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