第5話 微笑う樋野口君
…樋野口君はもともと金堂君と中学校で同級生だった男で、僕とは全く知らない仲でした。
高校でクラスメイトになりましたが、教室で特に話をするようなことも無かったのです。
彼は普段からおとなしく、そしていつも無意味に微笑んでいました。
…ただ、残念ながら彼の無意味な微笑みは、普段の無口さと相まってあまり見た目に爽やかな感じではなく…いや、ハッキリ言えばやや不気味な印象を他人に与えるものだったのです。
…ところがひょんなことから僕は彼と絡むことになったのです。
それは高校2年生の9月のこと、きっかけは金堂君の一言からでした。
「ねぇ!山登りしようよ !! 」
突然奴は教室で僕に言って来ました。
…それも、普通のハイキングじゃつまらないから、夜に星を見ながら何人かで登ろうと言うのです。…つまり一晩またぎの夜行登山というわけです。
「…そんなに本格的な山じゃなくて良いんだ!…軽装で登れて、麓の夜景が眺められるような…まぁ場所は地理に明るい森緒君に任せるよ」
奴は勝手にリクエストをして勝手に盛り上がりました。
まぁしかし、そういうのも面白いかなと思い、僕は関東の地図と時刻表を開いて思案した結果、行き先を神奈川県丹沢山系の大山と決めました。
そして登山メンバーは金堂君と野間君と僕ということになりました。
「3人かぁ…出来ればもう1人欲しいな!」
金堂君はさらにそう言って来ました。
あと1人、誰かいないかなぁ !? と僕たちが教室で話していた時、
「…楽しそうな話だねフフフ…それなら僕も連れてってよエヘヘ… ! 」
近づいて来たのは樋野口君でした。
…普段あまり他人と関わることも無く、会話も滅多にせず、いつもよく分からない微笑みを浮かべて佇んでいる彼の突然の参加表明に僕たちはちょっと戸惑いましたが、それでも希望の四人目がやって来たので金堂君は頷きながら笑顔で言いました。
「樋野口、ありがとう!よし、じゃあこの四人で決定だ!」
…結果から言うと、樋野口君は登山したときに僕たちを大いに救う働きをすることになるのですが、この時点ではそんなことは誰も予想していませんでした。
…とにかくそういう訳で話はまとまり、さっそくその週末の土曜日の夜、四人の男たちは新宿駅から小田急線の電車に乗ったのでした。
目指す大山は標高およそ 1,250 メートルほどの山で、小田急線の伊勢原駅から山麓までは路線バスが通っています。
日中の時間帯ならば山の中腹まではケーブルカーが上がりますが、今回は夜行登山なので、麓のバス停からまるまる登って行かなくてはなりません。
四人の貧乏高校生は寝袋もテントも持って来ていないので、夜中に山頂に着いたら焚き火をして夜明かしした後、相模湾から上る朝日を見ようという粗雑な計画で臨んでいました。
先ほど新宿駅から約1時間乗って来た電車から伊勢原駅で下車してバスに乗り換える時、焚き火に備え野間君が売店で百円ライターを買いました。
…大山山麓行きのバスは駅前を20時半に発車して、夜の伊勢原市街を抜け、所要30分余りで終点バス停に到着しました。
「よし、行こう!」
バスを降りた男たちは、星空の下に大きく裾を広げるピラミッド型山頂の黒いシルエットを見上げて言いました。…
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