第4話 羞恥の晩餐

 高校生活にもようやく慣れてきたかなと思える6月頃、僕は放課後「親しい友だち」である金堂君の家に遊びに行きました。

 彼の家は松戸の市街地の中の一戸建てで、僕の家からはおよそ2キロメートルほどの距離の場所にあり、自転車をこいで行って10分くらいで着きました。

「…こんにちは~!森緒で~す」

 玄関の扉を開けて元気に声を出すと、

「は~い!いらっしゃい」

 と応えて金堂君のお母さんが迎えてくれました。

「よぉっ!森緒君、まぁ上がれよ」

 …続いて当人が出て来て、僕は2階の彼の部屋に通され、二人で寛いだのでした。

 今日はただ誘われたまま遊びに来ただけなので、特に目的も無く訪問した体の僕は、単純に彼とバカ話をしたり、一緒にレコードを聴いたりして過ごしました。

 …途中で彼のお姉さんが、部屋に冷たい飲み物を持って来てくれたりして、まるでお客様の扱いみたいな丁寧な持て成しにちょっと恐縮しつつも楽しい時間はどんどん過ぎて行きました。


 …6月は陽が長いので、うっかりしてるうちに時計を見れば時刻はもう7時になろうとしていました。

「僕、もうそろそろ…」帰るよ、と言いかけた時、お母さんが部屋に顔を見せて、

「夕御飯の仕度が出来たわよ!…森緒君の分も作ったので食べて行ってね!」

 と言いました。

 …そういう訳で結局僕も一緒に夕御飯を頂くことになり、一階の金堂家の食間 (和室) に行くと、まだ帰宅前のお父さんを除く家族全員が食膳の周りに正座していて、僕の家の食卓風景と全く違う雰囲気にかなり戸惑いを覚えました。

 …普段は全く経験しない正座をして腰を落ち着けると、お母さんがジャーから御飯をよそって僕に手渡してくれました。

 金堂家はわりに大所帯で、食膳の周りには、お祖父さん、お祖母さん、お母さんに彼のお姉さんと弟君と僕の計6人が並びました。

「どうぞ遠慮しないでたくさん召し上がってね!」

 今度はお姉さんが僕に味噌汁を出してくれました。

 何しろ食べ盛りの年頃、お腹も減っていたので僕はさっそく御飯茶碗と箸を持って、

「では、いただきま… !? 」す、と言いかけたその時です!

「天にまします我らが父よ !! 」

 …(えっ !?)

 僕は心の中で叫んで身体が凍りつきました。

 …眼だけを動かして周囲を見ると、金堂家の皆さんは目を閉じて胸の前で手の指を絡ませてお祈りの態勢をとっているではありませんか!

(しまったぁ !! ここがクリスチャン一家だというのを忘れてたぁぁぁ !! )

 心中の動揺をよそに一家の祈りは続きますが、その間僕は箸に御飯を挟み、口を開けたままの態勢で固まっていたのです。

「…今日も我らに糧を与え賜えしことに感謝します、アーメン」

「アーメン!」

 みんなが声を揃えて十字を切るのに合わせて僕も必死に御飯を挟んだ箸で十字を切りました。

 みんなが祈りを終えて目を開けた時、僕はバツの悪さと恥ずかしさで空腹感すら忘れていました。

( やっぱり、夕食前に帰れば良かった… ! )

 談笑して食事する金堂家の人たちの中で、僕は胸中で後悔を感じていたのです。


 …その後も彼の家には度々行きましたが、必ず夕食前においとまするようにしました。


 そんなこともあんなことも今となっては良い思い出… !? 、いやいや、クリスチャン一家の夕食は今でも僕にはトラウマです。

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