『聲の形』雑感もどき。

緑茶

とくにまとまりはない。

 まぁタイトルの通りで、俺は昨日機会があって、映画『聲の形』を観てきた。具体的なあらすじとかは正直書くのが面倒なのでググってくれ。というわけでこれは『聲の形』の話を知っているテイで進められる。よろしく。



 で、まぁ傑作だった。話題の漫画、京都アニメーション、山田尚子、吉田玲子、豪華声優陣という最強の布陣。これでハズレなわけがない。当時、各新聞、レビューサイトが絶賛の嵐だったのもうなずける。いやほんと、最近は『アニメ映画』ってくくりも無意味だよな。『日本映画』でいいじゃんね。


 題材が題材だけにどっしりとヘビーな鑑賞体験だったわけだが、それ以上にクオリティがすごかったので脳内が満足一色に染まっていた。そして帰宅。

 しかしながら俺、そこで色気を出してしまう。

 絶賛レビューを更に見て、悦に入ろうとしてしまった。

 ――思えばそれが選択ミス。

 ……



 話といえばまぁアレだ。いじめをやってたガキが逆にいじめられたので色々思い知った挙げ句罪悪感に苦しみまわってのたうち回ってあーだこーだやった挙げ句彼なりの『赦し』を見つける話なのだ。その過程はエグいぐらい克明に描かれる。冒頭で流れるザ・フーの『マイ・ジェネレーション』は露悪的すぎねーか山田尚子。絶対あんたのチョイスだろアレ。


 というわけで、とんでもなくヘビーな話である。しかし最高のスタッフは、その過程を心底真摯に、丁寧に描ききった。それにより映画『聲の形』は、たんなる『いじめ』を題材にした映画から飛翔し、『人間とは』みたいな巨大なテーマにも肉薄することが出来た。ラストの感動的な場面はドストエフスキーの『罪と罰』の懺悔シーンを思わせる……って書きすぎか、これじゃ。いやでも、それだけ丁寧な話なんだ。


 世にも珍しい(?)いじめっ子側を主人公にした作品である。とはいえ、イジメ、ダメ、ゼッタイというだけではおさめていない。俺も穏やかじゃない気持ちで見始めたが終わってみればこれはもう参りましたと言うしかない。いじめがどうとか、そういう話じゃねーんだこれは。もっとでかいものを描いてるんだ、と一席ぶちたくなりました。そう、そこまでは。

 そこまではそれでよかった。イチアニメオタクとして、映画好きとして、感想にならない感想を適当にぶちまけて周りに推しまくれば良かった。


 でも、そこで見ちゃったんだな、前述の通り。

 絶賛『ではない』レビューを。


 とあるレビュー集積サイトの感想のひとつ。

 そこには、こうあった。


 ――『いじめられている子の側からの心理描写が無いのが受け入れられませんでした』。


 ……俺は、その一文に、酩酊にも似た多幸感と満足感をぶち壊された。



 俺は、まぁよくいるいじめられっ子だった。

 で、今思えば結構滅茶苦茶されてました。

 体中に青あざ出来たり不登校になったりしてました。担任が家に来たりしてました。毎晩母親に泣いて謝られたりしてました。母ちゃんあんたは悪くねーよ、俺の器量が悪いのが問題なんだから、みたいなあれやこれや。

 まぁ小学校の頃の話なんで、こうして書くことが出来るわけだけど。割と死にたかったんじゃねーかな、当時は。なんて。


 ……で、そうしていじめを受けて、ほとぼりが冷めた後、俺の心に芽生えた気持ちは『復讐』なんていう劇的なものではなく、ただ『忘れる』ことだった。ゆっくりと時間をかけて、『いじめられなさそうな』人格を作って、世間に迎合していく。未だにうまく出来てるとは言い難いかもしれないけど、友達はそれなりに出来たし、就職もしている。それなりに充実した日々を送っている。だから、俺は忘れられている。その当時の痛みを。ある程度は。


 ――前述の感想を見た時、俺の中で忘れていたイタイイタイのがちょっとぶり返した。のを感じた。

 そうだよな、だって主人公は最初クソガキで、好奇心から(あるいは悪意と好意が混じり合ったナニカ)耳の聞こえない女の子をいじめまくるんだもの。でもって、ちょっとヘマをやって今度は自分がいじめられる側に回って、そこで自分のしてきたことを知るわけで。

 最初っからいじめられてた場合とはわけが違うんだもの。そうだよな。いじめっ子がいじめられっ子になることはあっても、いじめられっ子がいじめっ子になる場合って、まずもって聞かないもの。


 そんな主人公だから、『いじめ』を描いた作品としてはバランスが悪い、という意見。いやもっともだと思った。一瞬は。だけど、すぐにもうひとりの俺が否定する。いやいや、そういうんじゃねーんだアレは。だってもっとでっかいものを描いてるんだから。誰がいじめてたかとかそういうのは、関係――…………。


 あれ…………?


 でも、結構上の意見に賛同しちゃってないか。俺。

 どこかで、『聲の形』で描かれたものに、否定的な感情を浮かべてないか、俺。

 上のレビュー見て、ちょっとそれが言語化されちゃってないか、俺。


 そうだ。どこかで思ってたんじゃないのか。


 ――主人公に対して虫が良すぎないか。いじめられる側に回った挙げ句に自殺未遂とか、まだまだ甘いんじゃないか。もっと地獄を見て欲しい。

 

 とか。


 ――ヒロインが象徴的なものになりすぎてないか。いい子過ぎないか。主人公の通過儀礼的な何かのためのアイコンにされてないか。


 とか。


 俺の中で燻っていた何かは醸成され、ここでぶちまけられた。


 映画のタイトル。

 『聲の形』。

 ――シェイプオブヴォイセズ、という英題が何度かリフレインする。


 作中には様々な『リアルな』人間が出てくる。

 正直嫌な奴ばっかだ。でもみんなそれぞれの時間を生きていることが示されて、そいつらが別に悪かったですごめんなさいとか言って終わるわけではない。それぞれの人生を生きている。要は、それだけ『聲の形たち』があるという話なのだ。こういう嫌なヤツもいるよね、というある意味ドライで、どこまでも平等な視線。それで描かれていた。


 でも、違うんだ。なんか違うんだ。

 小6の俺は言ってる。


 いじめられた側が、いじめを完全に許すことなんて出来ないし。ましてやいじめっ子の救済なんて期待しちゃいない。いじめっ子がいじめられっ子に回って反省するなんてこと、まずありえない。だいたいは程々に人生をうまくやって、俺よりも気楽に人生を送ってるに『違いない』んだ。だから、この物語も、どれだけ綺麗に描かれててたって絵空事なんだ。山田尚子、お前は、吉田玲子、そして原作者、お前はいじめを受けたことがあるか? その上でこんなの描いてるのか? じゃあ俺とは世界が違うよな、俺とはあまりにも違う、忘れた気で居るのに、今でも偶に夢で見る俺とは――……。


 なんてことが。一気に心の中で溢れちゃった。

 それを自覚した瞬間、心底自分を嫌悪した。

 なんだ、俺、全然認められてないじゃん。『聲』の『形』を。

 俺、この映画で感動するに値しない人間じゃん。

 全然だめじゃん。

 俺はまだ夢の中に居るんじゃん。



 ということで。俺の中ではまだ完全に『聲の形』を消化できていない。

 上の人がいじめられてたとか仮定するのはあまりにも傲慢だし、これに影響受けてこんなの書いてるの絶対不健康だと思うけど。

 でも、それはそれ。


 聲の形は傑作。間違いない。

 でも、全員が百%の納得を得られる映画とは限らない。

 要するにそういうこと。


 題材のひとつがいじめであった時点で、これは永遠について回る問題なのかもしれない。


 いじめは醜悪で最悪で、最低。

 それに大きく関わった時点で、その後の人生観にバイアスがかかってしまう。俺みたいに。そんな人間が、きっと大勢いる。


 その一人ひとりに、聲の形がある。きっとそうなのだろう。

 だけど、それを認めていくのはなかなかに難しい。

 本当に、難しい。


 ――だけど今、俺はこれを書いている。

 なんとかして、あの映画に向き合おうとしている。


 別に自慢でも何でもない。

 向き合わなかったあなたも、向き合ったあなたも、間違っちゃいない。


 ただ俺は、こうすることでしかこの先を生きられないと思った。

 だから書いている。

 俺はその中で、なんとかして、泣き叫んでいる小6の俺をなだめようとしている、のかもしれない。

 別に、それで褒められようと思ってるわけじゃない。時間の無駄かもしれない。だけどとにかく、俺はあの映画を見て、これを書いている。

 そして、今画面の前にいるあなたに、読まれている。


 あぁ、何が言いたいか分かんなくなってきたけど、つまりだな、こうだ。



 俺はあの映画で、偏屈で心の狭い俺を見つけた。そしてそれは、俺にとっての世界の聞こえ方なのだ。なら、それに付き合っていくしかない。


 それぞれに世界の聞こえ方があるのだから。



 そんなわけで、アホな俺が勢いに任せてこんなのを書くぐらいにはとんでもない作品だった『聲の形』。


 どうかあなたにも、あなただけの『Shape of voices』が見つかりますように。



◇余談◇


 それにしても山田尚子監督の映画は劇伴がとにかくいい。

 基本的にアンビエントの使い方がおかしいぐらい最高なのだ。

 リズ鳥も最高だったしな。劇場版のけいおんとたまこまーけっとも絶対見てやるからな。待ってろよ山田ァ!



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