第118話

スクランブルの古い曲にプロポーズの雨が花の傘と転がれば、トレンディなドラマの原風景が描出される、晴れのすっきりしない湿り空にストレスをため込む週末でも、爽やかな恋が強気の表面から弱気に寄りかかるなら、濡れることにもすこしは笑いあえるだろうか。


懐抱に針を刺す、体液で線縷を縫う、予期に先んじて哀傷を得る、たぶん格率だろう、感傷に加味された飄逸の涙は、惆悵を逆手にした無残のやり口だ、喧然たる囲繞の世間に目を回し、性急はグローブを地に叩きつける、明敏の果ての桟雲だ。


雨に降られて餃子食い、退勤の一分前に土砂降りとなる、これが五分前なら、館内で映画を観ることができたのに、とはいえあきらめが肝心だ、今日は家に帰れと水を浴びせられたと考え、逃した映像よりも選んだ良き面に目を向けようと、読み捨てた職場の教養を思い出す。


突然やってくる頭は、にわかに沸いて注文を間違える、餃子を食べていくにはワンドリンクが必要だ、それもわからず持ち帰りも頼むと、バタバタする、三十分後にやんでくれたらいいのに、まあ残ればその分だけ、追加を腹に入れるだけ。


不確定なワードソフトに二時間を吸い取られる、規定の文字を数え間違えた苦肉の策のあとに、ラビリンスな行数をデザインするコンマで繰り返し、あきらめという出来上がり作品はなんと、作品名が文字化けする結果になったので、そのまま放り出した。


今週にあるたった一日の休日は、真夏の暑さで蝉を復刻させている、朝から街に出て刺激を欲しいところだが、二重の校正作業の詰めに閉じこもる、今しかできない季節があるとはいえ、どうして冬ごもりのような仕事をしているのだろうか、次の四季は外と内を使い分けよう。


慌ただしい土日が過ぎると、一週が十日の気分で月曜日に重荷が残る、遅く寝ただけ、それだけで疲労は延長されるようだ、こんな日は明日の台風を控えるように、朝一番で夜の眠りを欲して、代わり映えのしない平日をよりつまらない気分にさせる。


ビギナーを寛容できず、対等として物笑いするなら、狭隘な性格だ、まだ見習いだから優しい目で見守る、文字にして起こすとようやく理解できる、しかし平常は頭でわかっていながら、体は硬化した態度をとる、とはいえ間違っていない、むしろ正解しかない。


平日から脱出しなければ、書くものすべてに愚痴が行き渡っている、青い海、赤い空、黄色い文句に紫の声、混迷に陥っている、騒ぐ元気があるからややこしい、沈思して押し黙るくらいならいいのに、台風に喜んでやたら声を上げている。


同じ場所にいたら、同じ不満を毎日回転させて、いつか滅びる、窓よりも広い入口があるだけで変わるか、また天気予報外の雨が降っている、嘘ではないが、何も聞かずに答えている、よくあることだ、もはや真偽を正す気にならない、間違いが当然の空間だから。


台風一過の気高い空を前に、ふと嵐として沸き起こった対人衝突が思い出された、わだかまりをすべて押し流した晴れ晴れは、そのままメタファーにできる、交差点の信号待ちでスマホにうつむいた人人はよそに、西の空は雲と焼けていた、記憶が交錯して、世界の乖離にふるえる。


偏在に対して物をまず置くと考えると、なぜか怒りが浮かぶ、悠揚するメロディーは内にいない、黒点の熱量がまず起因する、経験が多くの成心を地に広げて、細叙されることなく借景をゆがめる、逡巡する正義感は、淀みにたゆたうぎらついた油だ。


新語を得んとして成算する、いかな通俗から心象を手に入れるか、熟達に遠いくせに平板な自信が夾雑する、周囲を惑乱させつつ傲慢を映射して、業務に対する態度をゆるがせる、定法はない、平滑に愚へ突き進んでいる。


嫌われることに踟蹰しない、痛みに耐えられない胸臆ではない、無辜の人物に対しても容赦はしない、偏屈はシーソーする他にない、明視できずに心に汚穢の窓を据え付けて、悉皆世界に鼻水を垂れる。


空は今日は明澄だから、夜の満月はきっと明晰だ、月の孤愁に憂いつつ、のちの晨光に目を輝かせる、宿昔をいつに置くか、喜びはほぼ絶無に、いつ途切れるかわからない浮生に黙想して、概ねなんとかしている。


説教するならば、まず自分自身に実行されなければならない、挨拶を注意するなら、スマホを見ながら入ってくるような真似は慎むべきだ、堅苦しいことだが、自由が欲しいならそれを人に与えるべきだ、それを怠慢や無関心で呼ばれるかもしれないが、世間やメディアを非難するなら、最初は鏡の前からか。


ようやく再開に勢い込んだ今日だが、スタートは昼になってからだ、書き込める時間以上の手直しが平行で作業される、まるでピアノの二段の五線譜のように、しかしそれだけ作品はシェイプされ、人の目に触れられてもかまわない形になる、ただ、仮に光が当たった場合の話だが。


ディズニーの夢がアリーナで何かあるらしい、赤星が横に張るフリルの女の子が歩けば、王冠を手に持つ父さんもいる、雨上がりの湿気は魔法のランプのように湯気を出し、迷子に男の子が道で座れば、映画館の館長が屈んで声をかける、それを見守る女の子のリュックには、名の知らない熊が顔を出している。


頭にあるセンテンスが、行を書く五秒の間に消失してしまう、健忘よりも糖分の不足が目を閉じさせる、ようやく今日のすべきことを消化した、あとは酒に頼って一気に走る、昼の見直しは材料だ、溜まったものを欲でまた打ち消していく。


あと三時間残っているからといって、そのすべてを働かすことができるわけではない、だとしても、その半分でも文字に埋めることができたら、頭は爽快になるだろう、蝉と夜虫の鳴き声が混じる満月の今日は、吼えるようなやすっぽさでつけあがりたくなる。

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