第98話

昼下がりのうどんは腹を重たくする、消化の為に広場に座り、まだ避けることをしない太陽を浴びる、前にはクレープの移動販売車が呼吸と香りを立て、寝そべった男の傍からラジカセは、シューマンの歌曲が流れる、横顔に当たる日射しが、やっと強い。


すり減った靴の裏は犬のように寝ている、室内に限定されないラジオは拡声器のようだ、ただし情勢や笑いで刺激しない、ライン川の曲が解説されて、毎日のドイツ映画と情景を結び込む、夕方へ向かう余暇のひとときに、生活の響きが合奏される。


真っ直ぐ届く声は稀だ、なぜ答えや本題を濁そうと回り道させるのか、とにかく淀ませる、単純明快ほど見ようとしない、説明という言い訳が本筋から逸らせる、世界が違う、ため息が連鎖する、だからこそ個が出ようとする。


意識が明滅する、旅行の準備がステージを仕分けする、ワクチンの選択から開始して、その証明書の用意と、責任は丸投げされて、行き先はブラックホールの吸い込みだ、連絡によって報せを受け、役所へ行く、はらはらする歩みは、スリリングな海外移動の通りだ。


すこしばかり腹がぐつぐつ言っているから、夕方のパンをぬいてみた、すると退勤後は苛立ちが子供の忍耐となり、自分の物でないイスの所有欲が文句を表す、栄養がないと単純に怒る、常連の悪い慣れの気分だ。


ぬかづけ臭い男がいる、くしゃみは肥えた中年女性のようだ、陰口は政治家らしく巧妙だが、対面すると下を向いて犯罪者のような恥じらいだ、そして仕事を抱えて無駄口をたたく、このように観察するおまえは、まず何者なのだ。


二十分の空き時間に崩壊を前にする、マスクに口ごもり皺を揺らして車イスは、テープが額のまんがのキャラクターか、もう一つ目が通る学園でもあるまい、うしろを手にしているのは切実だ、等間隔の無言は、面を手にあてて考えられる。


演劇を待っていたなんて、このフロアの全員ではないか、どれほど待機させられるのか、動物を停止されてしまえば、不安が集中して目や手を動かす、紙にペンがこの世を扱う道具になる、人間の使用も許す付属として、扉が開き、座っていた者等が登場する。


五分間を読み間違えて手をぶらさげる、動物として観察される時間空間は、これからスクリーンを前に人間世界に没入される、虚構に身を置いて脳内では、名にされない分泌によって奇跡を得る、いかに頭が世界を観ているか、感じるべきだ。


残された十分で戯言は打ち切られる、話す相手を得られない、一ヶ月間に、どれほどの社会性を失っていくか、孤独死がだんまりした生活に起きるらしいが、その心配だけはない、嬉しい悲鳴をひとりごとして、帰ってきたら、再び日常へ瞬間移動する。


女子便所でにわかにうろたえる、扉の印がただ違うだけ、装いが女らしかったら認められるか、むしろ親爺のような性別もいないことはないのでは、湿気が朝を膨らませているのに、コンクリートの屋内は二日前の冷気のまま、風通しはよく、気分は外気のように。


眠気は耳と春を撃つ、併存することのない生活は、むやみな従属に抗っている、光線は鬱積をため込み、足を揃えて座る、バランスを崩している、風邪でもウィルスでも、頭に響いてふさぎ込む、だからこそ手は、字を求める。


日射しが苦悶を生じさせる、午前の高らかな笑い声が届き、日常に肉付けされた存在を想起する、おそらくそれが正しく、不足なく生活を潤す、どうしてこうも歪にあるのか、選べたはずの生き方が、今も春の気候にうなだれている。


季節の変わり目は調子を落とす、父親のことを母親が言っていた、今年で一番過ごしやすい天気だ、沼があれば飛び込みたくなる気分だ、もしくは階上でもかまわないと、現実に起こらない想像で鬱屈を抜き、目はかゆい、開けていられないのは眼球だけでなく、意識は目覚めに潰れかけている。


そろそろ憂愁にも飽きるころだ、いつまでも沈んでいられるほどナイーブにできていない、沈思にあいて長い口を伸ばし、水面から鉄砲を放って笑うだろう、花粉によるかゆみが目を襲い、気温に体は驚いたとしても、すぐ慣れる、水温差にショックする魚はもう終わりだ。


無関心だってさ、落語で言っていたよ、金を貯めるに欠くものとは、まず義理を、つぎに人情で、ついで恥というわけだ、納得の世知を叩いて、さらに符号するのは、すでに知った三つの人付き合いだ、なら恐れることはない、厚顔して補給しよう。


ようやく充填されたらしい、気休めの言葉は欲しくなく、かけられれば鬱陶しい、おもねりと優しさではないだけだ、面前とした態度が補給してくれる、ただただ為す、その過程と結果がどうであれ、常にそこにあるべきだと、位置を正してくれる。


出向かいに思いめぐらす、不必要な頭の使用だ、ひまだから、目はこぼれおちそうだ、習慣を壊す喜びが身を浸している、残酷は露悪だから、義理を放りたくなる、自由は油断ならない、怪訝な単語だから、そっぽ向きたくなる。


すみやかに置こう日の光を、目元に小皺と眉間に谷ができるから、雨が打ったキャノピーを耳にして、涼やかな空気に音を流す、そろそろ区切られる平日もしたたり、スポンジの気分で朝に立っている、ただし闇雲に吸い込むわけではなく、昨夜の余韻を肺に入れているだけ。


頭の悪さを測深すれば、弱者への仕打ちに顔をそらす、血のつながりは証拠にならない、他人といえども慈しみを持たなければ、と思うのは無理だろう、嫉妬が本人を殺さず、そのまわりを苦しめる、ならば無関心は人に対してどれほどの痛手か、ラジオに集められた世間の名言に、背いてばかり。

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