第70話

マンガのキャラクターに名を借りた店に来て、木板に描かれた黒マジックのイラストに絵は浮かぶ、顎の裂けるほど口の開いた根の太い歯は、獣らしく噛みつき、雨粒に足を乗せて渡りたいこの頃は、レインコートがうってつけだ、そんなブラックな線の印象が汗をかいたコーラにうつる。


湿ったわりにアスファルトはすぐ乾く、明るい曇り空は小さくない雨粒をぽとぽと落とし、雷鳴を合図に一斉に走り出しそうだが、止まってしまう、傘はいらないレーダーだが、どうしてこの粒がやって来るのだろう、昨晩の川面のようにさらさらとは降らない、やけに不気味に水気は一致しない。


蝉をフライングさせて、梅雨明けを錯覚させる太陽がやってきた、蒸し風呂の夜は解消されて、羽織ってちょうど良い気温に快眠される、増水した川も戻りつつ、サップする木の葉が上流して、旅客を乗せた舟は足早にドームへと流れていく。


光が偏頭痛を取り除いてくれる、最近の荒れた感傷は天候に支配されていた、よくわかる今朝の外光だ、ほんの一杯のウィスキーが頭を晴らせ、スピリットを体に吹き込んでくれる、構想は先にどんどん伸ばされた、あとは体力をつけてなぞっていくだけ。


知ったお店が人気だと、振られてしまうことがある、気軽に入れてすこしおしゃべり、そんな期待は個人の身勝手さ、遊びと異なる商売としてある、その当然をついに忘れて並ぶ人を見る、とはいえ文句はなく、多くに喜ばれているのだと、会えないことが幸いだ。


暑い日に辛みをつい求めたくなる、代替などといえない本場の味は、大陸の色で発汗させる、今夜は風呂へ行こうと思っていたが、汗の早とちりにならないように、ほどほどに暑くなって狂わないように。


日本で使われにくい漢字は、生活と文化を表している、辛さも酸っぱさもえらい異なる、それに加えて温度の基本も違えば、基となった象形の由来も感じられる、暑いから熱く、燃えるような汗を欲する、そんな梅雨の一時の吹き出しか。


空の晴れた歌の名前をたまたまつかまえ、子供らしい声が和の旋律で下降する、花を抱えて空に種まく、青い色と香しい匂いが心に満ちるのを覚えるから、疾風の雨を聴く今朝の快晴はとうに昨日へ去り、水たまりも泡吹く雷だ。


吊り下げられたドライフラワーは茎が長い、バラヒマワリの混じった二年間だ、長細く見えるから切ったほうがいい、そう思うも触れれば崩れてしまいそう、爪に緑のシールが付いていて、白くかすれたさわやかな色は、赤道直下のテキスタイルが乾いて想起される。


あれま晴れ間の梅雨明けだ、昨日までの苛烈な降りっぷりはもうなしか、夏の気温だ、とはいえ突如として雨は来ると備え、傘の用意も頭に置いておけば、光と影を分けてキャノピーに音が鳴り出し、臭いと湿気が立つ、それもわずか、やはり宣言通りか。


白熱して光る雲の季節に、灰色の重層は透き通って雨を予感させる、あまりの高層へ盛り上がり、半袖と冷房に一撃を加えそうだ、鳥肌ばかり立ってやまない汗に、冷眼は表情に打ち沈んで開かれ、特大の波瀾を欲しがらせる。


パプリカの色は二三日では消えない、空がなくても花を抱え、上向いて破顔する、そんな理想は子供のものか、むしろ小さい頃は親しく気づかず、大きくなって離れて愛でるようになる、結び合っていれば気づかない、それが大切な物であろうとなかろうと。


エレベーターを遠ざけた鉢合わせ、予測が至らなかった、どれほど隠れようとしても、ときどき見つかってしまう、それを天の目として悪事に置き換えたなら、改心されるか、それとも良い行いと見なすなら、見逃さずにいてくれると思うか、どちらにしても、露見するのか。


雷鳴は遠くで素直になれない、あんな轟きなくわだかまる感情は、見下しだ、器の大小はすでに計り終えている、これ以上の成長は見込まない、あとは割れるか変色するか、柔軟を欠いたものほど一定した能力を保ち、変化はとても少ないのだろう。


二時間かける六本は、一日の半分を二週の内に失わせる、十四の中の半日がどれだけの実績を残すか、貴重な持ち時間だ、ならば義務として作品に細目するよりは、同じ対象から確実な何かをつかまなければならない、そんな熱意をつい、映画からいただくようだ。


シラスについての意見交換の前に、夏場の食品の安全について苦言する、けれどそれは面持ちの悪さから発されたか、聞いてまずいことにはならないが、予想だにしない反省を前にすると、罪滅ぼしが弄言をもらす、言い方一つで空気は暗く重たい、もっと明るさがあったなら。


食べても腹がすいてしまうくせに、どうも消化する能力は足りていないよう、水分を必要としても吐き気が妨害するように、口では否定に心で唾を垂らすよう、内外の一致を示せない時に、正しく現れていないような気はするものの、矛盾として不思議はどこにもない。


人斬り映画に疲れてしまった、もはや剣の道に生きる者はそうそうなく、命のやりとりばかり日常において、どうやってごはんを食べていけるのだろう、そんな台所事情を描けばめし臭くなり、高尚な生き方に汚穢も浮くようだ、しかし目はどうも、虜に生き血を抜かれたかのようにしぼんでいる。


頬寄せ合う表紙も傷んできた、青い帯の上に白いフォントで批評月間するデザインは、特別気に入っていた、だが若いインド男性二人が道に立って顔をくしゃっとさせるチラシを目にすると、次が頭の中に用意される、しめやかな世界に囲まれたロマンの後は、ストリートで詩を謳歌するファッション気取りだ。


朝だけ活発な今日は心身が停滞している、稼働していたボディは休みの日こそ休息を欲しがり、右腕の煩わしさが全体を表明している、貴重な休みに押して進めようとも、体は頭のように優しく回せない、しかしそんな頭脳こそ、ときにまるで働きをみせないものだ。

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