第65話

大気中の水に体は困惑している、湿った日が続いたあとに再び砂と黄色の乾きがくれば、何の影響に体はうろたえるのか、熱気と寒気が同居して身内を巡れば、神経は一段と混乱する、しかし食べ過ぎか、落ち着いた昼の始めに、尻は地面に着いてしまう。


どことなくすぐれない意識の中で、頭の騒ぎを見たり、手の甲を嗅いでしまう、寝起きの青い鼻水の原因をどこにおくか、アレルギーかウィルスか、ゆとりの午前にふらふらと考える、すると昨晩届いた見知らぬ異国の日本人のメッセージを思い出し、なったばかりの友達をやめようと思案した。


誤魔化しの中で飲食していると疑ってみれば、そのような気配もないことはない、と同時に内在している気持ちは、なくてもかまわない気分だ、酔えば濁る頭は弁舌を不確かにする、されど素面は理路を確かに言葉を選ばせる、酩酊が距離を近づけることはあっても、だからといって親しめないわけでもない。


許容はどこまでの範囲か、まず好みだろう、かかとを踏んで歩く姿や、貧乏ゆすりなど、慣れが日増しに本性を現していく、振り返っても理解できる、かぶった外面をすぐに見破る者があろうか、見えなかった性質が露わになるのは、好ましい形なら喜ばしいが。


先走った梅雨はどうやら疲れたらしい、蒸し暑さよりも涼しげな細雨を前に感じる、予報はオセロのように晴れへ返されて、前線の停滞しない気団による変化は潔さに区切られる、きっとそうなると思っていた、楽観思考の一面が予測を持った気でにんまりする。


覗く目は何を見るか、気に入る絵を座ってふと前にして、過ぎた一時間以内を思う、滅多になかった会話が発生して、珍しい口論さえ行われている、朝の雨は干上がって明るく、気分もそのようになる向きだから、ついつい血の気はあがるのかもしれない。


ニュースでは芥子の花が必死に摘まれているらしい、開花するまで見分けがつかず、成分は阿片として通用するとのこと、仕事中に聞きかじった話だ、そんな事を川岸に立ち、夕日を浴びるピンクの植物に思い出す、おそらく間違ってきいたのだろう、すこし向こうでは黒い鵜もたたずんでいる。


牧神の午後としてはもう陽が落ちるところ、それでもあちらの山並みは霧がかかったようで、大陸からの砂だとしても幻想に耐えるぼかしになっている、太陽は輪郭を消したまま発光して、空気は乾いたようで湿っているよう、マンションからの陰を探して座り、耳に聴こえてくる横笛の音にすます。


共感、良い言葉だ、常常この意味を持った単語を探していた、決して悪い向きの共有ではなく、生きて喜ばしいと思える感情についてだ、日日忘れて体と頭に消えない慣れとして染み込ませる、明日には失念してしまうかもしれないが、道具として離れない有能まで接したい。


十階の雨漏りは拷問のようにしたたる、一滴、三滴、まばらなリズムは夜の初めに始まり、夜更けに止まり、深更に再開して、明け方まで落とし続ける、夜更かしのあとであっても眠れず、火照る体は耳に入れられる、そんな夜を越せば、天井は火膨れしている。


快適な初夏は舞い戻ってきた、乾いた光は強く地面を照らし、新緑が再び萌えるようだ、湿気に濃く臭くならず、からっとさわやかにすべてが通る、一時の休みか知らないが、水無月に入る前から焦ってしまうほど、なんとも貴重な朝だ。


ゆとりは怒りをもたらす、少ない仕事は他人任せに見放されて、誰か手をつけるが誰もつけさせない、分量が迫ってくれば促迫されてあれこれ手を出すのに、暇は働きを堕落させる、そんな時こそミスは起きる、それは物の動きだけでなく、心の推移となって加熱する。


一生消えることのない予定作りが刻刻と続き、経験から導かれた時間の行為に届かなかった、この調子なら済ませることができる、ところが重い睡魔に叩き伏せられて、仮眠は睡眠となって夜を明かす、週末の一時に、溜まった物への償いをする。


数年振りの銭湯は冷暖房装置の意味を納得させた、初夏から冬の寒さで満たされる室内は、分厚い脂肪が鈍くさくさせているからだ、見よこのたくましいほどの男の体躯を、自分の体を三枚重ねてできあがる肉体は、シャツ二十枚分の肉で膨らんでいる。


黒い日傘が似合う日だ、透徹した光は青空を白くかすませて、手前の陰に鋭い刻みを入れている、一線を越えれば世界はあからさまに変わりそうで、冷房の風が内から外へ逃げるのを背に受けて、本物の初夏を見つめる。


陽光に酔っている、オムライスとハンバーグのあとに、空気は一緒になって消化される、微風とたゆたい、音もどことなくクリアに聞こえる、革靴の歩くのがあれば、車はエンジンを静めてゆるやかにバックする、なにもかもが受け入れる明かりか、眠ろうが起きようがかまわない昼に酔っている。


光が三日続けば坊主に飽きる、また晴れか、消えた梅雨は行方知れず、目の前の気象が上着を脱がす、とはいえ心地よい風だ、半袖も暑いという多くに比べれば、長袖二枚をまくる身はまだ熱に耐えられる、積雲よりも高層の雲はぼやけて、温度は熟れるようだ。


冷風は室内の空気を外へ押し流す、日陰だろうと反照で焼ける光線を受けて、ブレンドされた香りは漂ってくる、こんな匂いを害とする単語は作られて、進歩は細かく煩く世界の神経を荒ませていく、とはいえ体臭は文字通り臭い、ただし造語はもういらない。


惨憺たる窮状に悲痛を述べ、長い休みに入ると弁じていた、先を見据えて新しい器具を買い、些か血迷ったかと思われたはずだったが、今になって他が閉めるのを尻目に店は開いている、旅人は戻らないというのに、言よりも行動が立った、見習い感動を覚える人だ。


快男児なんて言葉を冗談にしようか、ベンチの次の階段に、言い訳は掃除をするため、その時間の確保にあり、およそくだらない人生の日日だ、腕まくりする暑さに花芽が出ないことをあきらめて、大っぴらな花弁を思い返せば、やはり退屈な日日かもしれない。

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