第57話

黄砂の飛来に春を酔う、乾きはつづいてあるらしいがマスクは外し、そこらの香りを楽しむ、どれほど布は遮っていたことか、そこかしこに色気が戻り、目もそれは見開かれる、きっともうすぐだろう、あてない先に清清しい顔が浮かんでしまう。


目のかゆみ、生の問答、宵と酔いは人生を劇的にさせる、深刻な事態と決まったわけではない、それを朝が伝えてくれる、自分ではない人に対して、生きる、生きる、なんとしてでも生きると目がひらかれる、願うことはしない、おもいきり要望を念じると決める。


さぼり時間に目が向く暇もない、なんて言ってしまえばよほどのことだが、そうでもない、新しい体制に慣れず様子を窺っていただけで、今はこうして隙間に手を入れる、どうなることかと思えば忘れている、慣れはあまりにも遠ざける。


意識して人との間をとろうとしたのはいつのことか、そうではないといくら否定しても、この状況が関係を見つめさせたのは疑えない、結局変わったのは好みの中だけであって、いつまでも見下すよりは、取るに足らないものとして、無関心はそのまま覗いている。


凍てつく寒さはとどまることを知る、雨が夜に来るらしいが朝は冷たく、外光は明るく吐息を白く透かす、じっとして足はかじかみ、手の指もひらきが鈍い、週の半ばに腹をさすり、あと二日だと体をこわばらせる。


名字の変更一度や二度や、マスクの下で驚き顔は目に表れる、ペンネームやあだ名と違って形式が先にあってなじまれていく、いつか忘れる前の名前も、いつまでもこだわるところに性格はある。


あきらめをどうにか削らないといけない、出来上げただけに満足して、規定や質から目を離した、それを忘れた頃に着手すると、新たな面としてそのままうつり、面倒と思えたことにやる気が集まるものらしい。


はっきりしない喉の痛みで他人の不安を知った気になった、有名な人の権威を借りて鉱脈をひけらかすようだ、重なったミスが自信について思索させる、土曜の前の日か、八つ当たりばかりしている気がする。


型を作って、崩す、枠を填めて、壊す、使い古された創作姿勢を、意識することなくありのままにあれば、なければ頭を働かせ、雑文をもうすこし歪んだ彩りを、理と自然の流れる様ではなく、撓めてこぼす、手垢の着いた技巧を。


虚勢は常に自身を活かすのだろう、人は見かけによらないなんてセリフを午前に得れば、今の自分にあてはまる、第一印象はいつまでも人を虜にするのなら、鍍金の剥がれないように、誰からも触れない素振りをするなら、つまらないことだ。


目の保養を得るべく街歩きは、今日はない、足が霜焼けになりそうな冷気が忍び寄る中で、一人突っ立つ、好みが向こうに立っている、少しでも満足できる控えめな性格は、こんな時に小さく気色悪い昂揚を覚えさせる。


他人の形式を借りるよりも、自ら形を生むほうが簡単だろうか、それだって他から借用しているだけであって、独自のものでは決してない、それを自分のものと思いこんでいい気になっている、それが過ぎれば恥のばらまきになるが、本人はいたって気づかない。


人の集まる場所はどこだって世界がある、どうしてそんな会話を誰かとできるのか、そう不思議に思う対話はいくらでもある、ところがそんな多くの人達から見たら、どうしてそれほどまで黙っているのだろうか、そんなことにアテを待って考える。


材料を集める時期にようやくたどり着いた、おそらくこれが最も楽しい交遊となるだろう、かといって以前から遊んでいたが、それを堂堂とできる今となった、その為の燃料は必要となるから、それを得るための使用をおおいにしよう。


一週間前のことなど覚えていやしない、昨日の財布の中身もおろそかなら、昨夜に傘をどこへかけたかも忘れている、メモになにやら文章が残されていて、はたしてこれは使用済みだろうか、思い出すことはやめて移し換え、一時の慰めとする。


エビのビスクがお気に入り、スープを口に含んで頭に念じる、エビの身、エビの殻、工程を探りながらクリームを味わい、この赤い色は何かと吹き出しを巡らす、パプリカ、サフラン、どれもそうでどれも違う、そんな一時を公園を前で、とじこめられてもらう。


一週間の内に、二時間でも夕方に空きができればいい、日曜日の夜を前に七日間が一度にまつられる、そこにはやはり酒が似合う、煙と薬臭い作品を仕上げて、合法で一人乾杯する、過去は清算できないが、特異性を自分にもたらしてくれたのだ。


変わらずにあってぬか喜びさせる、質を度外視した達成感か、ここに懐疑が加わればよりましな物になるはずが、安易な満足で三流にとどめられている、わかっていて踏まないもう一歩は、頭ではとても手がでない。


三合目あたりで休みに腰を着け、あきらめてしまう、肉体と違って創作はセーブが可能だ、料理と同様に保存し、熟成を待ち、機がやってきた時に五合目へと登る、ハイペースで駆け上がるのではなく、せっかちながらマイペースは緩やかになったらしい。


シルエットが針金をゆがめる、ハートが胸高に飾られた形象は、過去に自分をデザインした、腰から下はそれほど長くないが、足先へ細まる緩やかな曲線への欲望は同じくしている、いつか伸ばして後ろでくくるか、黒いサングラスでもかけたなら、と思う今も夏にはかけられている。

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