第58話

顔に小さな腫れ物ができては気にする、またか、千年より前でいう晩年にいたる歳になって、なぜこうも痘痕が生まれるのか、溌剌とした若気ならまだしも、腹が病んで目の開かない体で、そう、不摂生か、ただその報いを受けているだけ。


それほど言わなくていい、思う心の弁じ立てとはいえ、深酒に囲んだ時と共、一度ならず二度となれば、ややしつこいと思いもする、あの時と変わったと知っているからこそ、昔はとうに過ぎたのだと憤る。


途方もなく肉を欲することがある、顔の吹き出物はおさえる為ではなく、あたかも週末の七輪に捧げるべく飲酒を控えていた、給与のあとの焼肉ではあまりに飾りはないが、やや冷える今日の昼は、焼いて食べる。


好みの女性が国を異にして生マッコリを作っていた、透明よりも淡い画面に古民家は、雪に囲まれて瓶に醸していた、そんな映像を思い出しつつ、常温の冷たい白濁のコップを、肉の運ばれる間の炭火にかざす。


瞬間の怒りのあとに、ゆるやかな下山として笑いに包まれる、力の沸く向きがプラスへ働いていくように、まるで酔った目尻が下がる、こんな時に日常は味気なさを失わせ、退屈を脇へと退ける、余裕があるからこその癇癪、無駄なようで力はある。


よたよた歩く陸の鳥のように、袖に手を突っ込んでやや腕は開き気味か、猫背ではないが背中は丸く、ぼけっと立って歩き出す、光が斜めに鋭い今日は、体は癒しにどこか空へと行っている。


あくびに昼食の残存が緩和する、いつも同じ通り、形式という怠慢に寝技をかけるように、辞書を開く、すこしはずらしていかないといけない、文体も同様だ、単語の類似を探すように、言葉遣いは砕けるか。


待つのはさといもまんじゅう、そろそろ一時間、などと盛るのは人間心理か、途中でリタイアするのはどんなことでも迷惑がかかるもの、客のわがままを口にして、できればの事を尋ねると、焦らせるばかり、とはいえ口約束はすでに過ぎている、なんて言い訳も出るばかり。


たった二日で終わらせるなんて、目測は誤りもいいところだ、希望がただ前にあり、実際の作業時間は計算外だ、しかしそれでいい、最初から分析するよりも、まず目標を決めてから修正する、そんな人生設計を早いうちに覚えていれば、もう少し清潔だっただろうに。


マフラーをするには温い日に、手に鞄を持って街を闊歩する、カレンダーに記されない予定は珍しく、朝からの動きは決まっているが気分は朗らかだ、こんな日は焦がしやきそば屋で古いアイドルグループの歌謡曲でも聞いて、春を感じたい陽気となる。


昼の酒は午後を危惧させるが、その瞬間の前撮りはかけがえのない瞬間を与えてくれる、先先の未来と予定よりも、後後を潰す酔いに半日は奪われるかもしれない、そんな恐れに足を踏み込んでみれば、春らしい日差しがマフラーを取り去ってくれる。


冷房の中で狂愚を本に得る、どれもがそれらの人物であり、高踏な所へはたどり着けないとある、冗漫な喋りがただちに表れて、本質にはなんら触れられずに知った気で弁証する、まさしくそこから劣れば自分のことだろう。


どれだけ自身は完全に動いていると思っているのだろうか、たやすく疑えるほど意識は狭く限定されていて、わずかな乱れが致命的な立法への侵害としている、デスクからはみ出たイスの居所など、躾を言い訳にできない粗雑が目についてしかたない。


サーチライトに照らされた楽曲は四半世紀前だった、キワモノと見たブラックジャックの顔は知性を持ち、悪魔は馬鹿ではやっていけないと一念さえ見えていた、今になって音楽性に衝撃を受けるのは、毎年人工知能によって機械的な教えを請うているから。


金をついつい言い訳にするのを、自分の中にしておけばいいものを、人前で口にするから安っぽくなる、誰もが思っていることを滑らせたらしいが、誰もが垂れ流していることは思うだけにする、正解はどちらにあるか考えるまでもなく、ただ人が違うのだ。


たばこはとても臭いと思う、広くない店内で酒を嗅ごうと鼻を広げれば、煙がたっぷり飛び込んで邪魔をする、どうしたってのけものにできない空気が寄ってきて、換気ができればと思うものの、それは生まれ変わることを望むほど実現されない、刺身だって嗅げない、そもそも下愚ってことか。


詩人の恋を歌に聴きながら、ラインの夜の川辺を頭に浮かべ、負けてはいないと思う心はどうだろうか、ロマン派の詩情に浸かったわけではないが、嘘偽りのない恋の一夜があった、その続きをもし今に浮かべたら、決してポエムにはなれないだろう。


祝日の昼に年末の冷蔵庫を出そうとすれば、何年振りの料理となるか、ただ冷凍品をフライパンで温めて、皿に盛りつけるだけでもセンスは見栄えに現れる、さといもを刺身に切り、その分量と皮の処理に、やはり他人の心は念頭に置いていないと現出される。


天気はまた寒気が戻ってくるらしい、冬のただ中であるぶり返しをどう思うか、このまま来月も続いて欲しくなりそうなところで、もう一度背骨までしんとなる冷気を吸えるとなると、居場所をなくしてうろうろするだろうが、それほど悪い気はしない。


骨についての悲報を知れば、天を見上げて経過の長さに気は遠くなる、いつ飛び込んでくるかわからないから、我我も気をつけようとした昨晩か、すると夕方に足首をしたたかぶつける、歪んだ顔はフットボール選手のよう、もしかしたらと痛みが三分待てば、ずいぶんとひくものだ。

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