第49話

帰りまでの数十分に、地面を見つめなおす、予報に救われて濡れることはなかったが、ラジオで警報に出される天気か、数分の雨模様はもう失せたが、雲は無慈悲なほど灰が濃い、もう少しもってくれれば、そんな風に思う人は今どれほどいるか。


八時間、ここを保って過ごすなら、公私においてはかどると、週の半ばにためのこしなくいられる、ほんのわずかに整えて、とどこおりなく進めていく、天気は体を攻めてはいたが、慣れてしまえば秋は涼しい。


一足先の香がえ、昼さがりのさかりはおちついて、乾いた空気が漂わせる、流行を追うことはなく、見るだけにすますようになればいいが、ほのかな悔しさがある、走りのものにおいていかれたようで、つとについていきたくなるが、まだだろう。


合鴨を喰いたくてスーパーに寄れば、家には鶏の煮たのが冷蔵されている、厚い脂をかまわず食せば、胃に残って百ぺんもげっぷをさせる、朝は重たく目も弛み、まるで深酒のようだと腹をさするも、体の働きはそう悪くない。


目が合ってしまったからって、わざわざ道路から倉庫へ入ってこなくてもいい、かわいいなぁぁと見とれたのがよくなかったのだろう、つれはあきれて引いている、手を出せばしりをつけて座り込み、胴をすくえば転がってしまいそうだ、たとえ犬でもいい、ひきつけるだけの力があると思いたい。


三日続けて満月だった夜空は去って、昼は薄曇りか靄か、わずかな日差しを斜めに切っている、日に日に肌を乾かす空気はつのり、いまこそ本物の香りが漂うよう、キンモクセイと一緒にコインランドリー、湿気の臭さはもうどこにもない。


三色ボールペンをどこかに落とし、会社でもらったやや太いペンで書いている、弘法は筆を選ばないように、下手も同じで何を使っても字は汚い、もう一度買おうと思いもしたが、どうせまた落とすだろうと、今後は一色で通していく。


画面のマロニエの葉は縁が黄色で中心に向かって緑に区切られていく、春のコートも着れる季節だと外に出れば、外は空調の音でゆるやかな風が吹いている、マリーンのストライプが流れて、青い海と空はもう忘れられていく。


格好だけでないポケットに手は突っ込まれる、日頃から猫背か知らないが、一段冷えて風が吹いている、もう十月に入ったのだからおかしくないだろう、それでもまだ暑さが残っていそうだと、ベランダに咲いたストレリチアがオレンジに立って言う。


鉄釉がかかっている、それは煌びやかなガナッシュとは似つかわしくないが、素材をかえてコーティングされるものどうし、ペアリングされる、家に帰れば粒が待っている、それを手に入れた器に茶をいれず、スモーキーなブランデーで試してみよう。


ある種のスケッチが階下に話される、二着のポロシャツはオセロのスラックスで、背負うカバンにも挟まれて、色なき二人の学生は涼風の中で語らう、生徒か恋か、それとも部活だろうか、経験をもとに想像のわくは飛び出せない。


ハイウエストにピンヒールが腰と脚を惑わせる、背筋一つで人物は変わり、臭いの質で人格は否定される、さすがに他人を舐めて味わうことはなくても、各要素がくさぐさと煩わしくさせる、アレルギーのように目がかゆみ、青いバンダナの和菓子店員がまず見ない階段をあがっていく。


季節外れに思うほど、今年の台風は多くなかった、時候は毎年いそぎ足になり、上着がつい追いつかずにくしゃみが出る、時雨と呼んでいいのだろうか、断続する雨模様は夏らしくも、外のコートはベージュに様変わった。


すっと切られた二重に、鼻筋通るもやや先は丸い、痩躯は華奢で袖まくりから白く、汗をぬぐいつつ額にひまわりが眩しい、しゃがんだ尻も欲得ずくでなく、青いジーンズにすっとシルエットがのびる、そんな農家があろうものか、耕される前の健やかさか。


ぐずついた頭にあわただしい心がざわめき、来年の誕生日を区切りの年とするか思案する、命に限りはあり、目的は散らばっても中心は消えない、わき芽ばかり生やして、そろそろ専念しなければと、今からできることを思い悩む。


理由が欲しいなら面前で唱えよう、そんなものはないと、こんな空想を誰がしただろう、また何度練習しただろう、今は理性になだめられているようでも、小さい頃はのびのびたくましくふくらましたか、ただ衰えてきた、悪意の想像もとんと弱いものになった。


来年の歯止めを昨日に考えれば、今日は来月上旬の予定に考えが向く、明日の命も知れない毎日と知りながら、計画できるからこそ人間なんて思えば、悩むこともまたそうなのだとメガネがマスクに曇る、晴れて開けることはないのか、そう思った次にまばたきはあるのか。


夕刻の通り道だから、朝にスロープをあがっていく、すでに色づいた葉が目に入り、体感は遅れて時候の進みに気づく、そういえば昨日の公園に聞き慣れないさえずりも、会話は控えろと叫ばれる世の中で水とカルピスを手に持つ中年女性が現れて、これも季節と思うわけはない。


音の前に眠気が邪魔をする、見えない響きを捉えようとするなら、気づけば意識の消失へと休もうとしている、芸術鑑賞は気軽に楽しめるだろうか、そんなことはない、よほど偉大でなければこちらからの歩み寄りが大前提だ。


台風は雨を運ばず風だけを流す、数十日振りにサングラスを目立たせない日差しが広がり、澄んだ青空はすこしだけ宇宙を引き寄せる、雲は感情豊かにドラマを作り、日日に決して来ないクライマックスを錯覚させる。

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