第19話

メモを控えて添える手に目が届く、毎晩薬を塗って治すようにしているが、定まった場所は変わりなく荒れている、とてもきれいとは言えない、むしろみっともない色と肌触りをしている、もしかしたらと考えて、確かに戻そうとふと思うのは、来月にあるかないかの出来事か。


電車に乗ってやはり思うのは、このムービングショットが好きで、天気と時刻に移り変わる車内の表情なのだろう、音を塞いで耳を殺し、音楽をかけて世界を創り出す、それに少し見知ったように車窓へ首を曲げて、自分ではない誰かを意識したアングルに浸りと、連鎖する景色の中で暇ができるからだろう。


一週間待ちに待った店に来て、さあ飲み比べながら後回しにしていたことをしようと思うも、鼻がきかず、いつもの香りが見えない、ついで目が重くなり、イチタスイチさえわからない、やることはわかっているのだが、どうも沈んでしまった、回転させる酒がすぐに、寝床へと向かわせる、まだ三時なのに。


桜色のセーターがドタンバタンと、冷蔵庫で繰り返し開け閉めして、酒に迷っている、ちょっと気早い桜の開花に合った時候の色だが、そのそそっかしさが腰のヒョウ柄のポーチに出ているようで、どんな色して着飾っても、マスクをしたボサボサの髪の毛では、ちょっと色気はないだろう。


周期的な発作のような日に、腫れ物に障ることを避けるのは、消極的な、とても卑怯な行為だろうか、もしかしたら上向くかもしれないが、外せば昼の時間に消耗する、推測が違っているかもしれない、振り向かずはいられない姿に、やはり逃げなのだろうと振り返る。


薄手二枚では冷え、上着三枚では体が火照る、夕刻に北風が吹いて冷たくとも、寒さはそれほどない、少し冷やすような空気に空を見れば、ここは青くも向こうは暗い、数日の春は休み、また衰えた冬がやってくるのだろう。


長い夢も、それも時間性と激しさに鮮明を持った夢のすぐあとに、目まぐるしい混沌を見る、目は開かず瞼の裏で、流型の勾玉が無数に、勢いよく流れていく、こんなの初めてだ、そう思っているとすぐにそれらは消失して、夢の生生しい実感も失われ、膨大な流れがいなくなる、まだ深夜だ。


朝のダンボールにいかれる、シャッターの閉じる中には誰がいる、タイムカードはまださされず、私服に汚れる姿が目に浮かぶ、まあ上げておけばとボタンを押して、ペースを遅らせて着替えるも、もはや反応なし、ひとり動いて、考えずにはいられない。


人の横顔はどうだろうか、口を開けて呼吸している時にふと思う、もしかしたらこのように突き出ているのかもしれない、この人は一体何に酸欠しているのだろうか、あぷあぷするあぶくも出ずに、そんな面がブロンズにでもなったら、未来永劫の笑い物になるだろう。


すき間の時間に落ちたようだ、一日前でも取り戻すのに苦労するのに、四日前となると、捨て去る気持ちで新しく持つ働きをしないと、腰を置いている長机はひんやりして何も語らず、上の一升瓶が深みのような味わいを見せるのみだ、それでもどうにか、つないでいくしかない。


評価通りの作品を観て、自分もその評価通りの感想を浮かべる、好きな作曲家が褒めていたから自分も褒める、ただし追従ではない、確かに良い点が多くあり、その要素が共通した色調を持っている、自分もただそれが好みなのだと、言い訳がましくなるのは、自分という個性が無いような気がするのだろう。


キウイの肌の樹皮に、合歓の木のような羽葉を傍に、眠くなる、ブラウンの小皿にエスプレッソが乗り、昼のアフォガートのように垂らせるだろうか、まじないのようなデザインの長砂糖は開かない、水が一番目を覚ます、エアコンの風は暖かく、コーヒーとも木ともわからない香りの外では、雨がまだある。


平日とは異なるはかどり方に、やや心配になってしまう、集中できる環境と空白があるにしても、考えを凝らした結果ではなく、浅はかな勢いの中で生み出された密度のないあざとさのように思えてしまう、もちろん正解のないことは知れているが、素直に喜べない本音は、捨てきれないだろう。


ドトールで耳と目を開けた時に聞こえてくる、今の若者の男女関係について、ラインのフォロー、別れたあとでも、まだ脈がある、うちらの世代は、そうなのか、ちょっと羨ましい足跡に、昔はメールの拒否と電話帳の削除か、離れとしこりは変わらないだろうに。


数日の食べ過ぎの反作用として、午前は柑橘で腹をすませる、それで食欲が済むわけではないので、すべき事をすまして太陽の出た外へ、そばを求めて自転車を走らせると、川原の木漏れ日が瞼に映り、目を瞑ると明るい格子模様が重なり、喜びにちかつく。


学んだことを直ちに応用する、二十時前のデパ地下で賑わいがあるなら、別の地下でもあるだろうと、週末の飲み比べの後に行くと、やはりある、好みのレバーとサラダを買い、しめたものだと帰る途中、前の百貨店の前で見かけて過ぎる、けっこうひかれるが、今日はこれでいいのだろうと、なんとか飲み込む。


まるでアレルギーを克服したように、雨上がりの春下がりに目は無言を貫いている、かわりに、単に目覚めきらないのか、酷く当たり散らしている、目も頭も空気を感じないようで、些細なことだからこその沸点が、弁当のうえでぬくぬくと狼狽え続けている。


朝の清涼な香りの中の外へ出て、エレベーターで下へ行こうとすると、切れている、いや、灯りがない、落ちるか止まるのではないかと思う暗闇に息も止まる、平常に動いているが、途中で誰か来たら驚くだろうと、何に心配しながら、いつもの出勤をする。


日付の前で腰を屈め、今日は桃の節句だとスーパーで繰り返される歌がよぎると、前方の階段から十キロの米袋を片手に提げる女性が来る、光を体に浴びて、その重さが身に思い出させるが、なんという馬力だ、地に一度置いて休みはいれるが、侮れない性別が光っていた。


苛つきに貫通するひな祭り、彼岸花の血に燃えそうな感情の昂りの間で、周囲に不愉快を散布する、本人だってそういたいわけじゃない、少し程度が過ぎただけだろう、天気は良いのだからせめて終わりぐらいは和らいで、帰りにカレーを食べると決めているのだから。

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