第17話
空隙、空漠、空虚なる、白くぼやける明るい曇り空の下で、明かりはついている、冬の寒さはいらない、雪、雨、身勝手に、白くぼやける心なる、すきまも空白も埋めることなく、ただただ白い装丁の本を読んで、文を書く。
中華料理を食べたかったここ数週間に、目当ての店は二度も閉められていて、ラーメンでは代わりにならない、前前から聞いていた別の店へ行こうと自転車をこぐと、昔の旅行の記憶を語る自分が帰ってきて、目的通りの店に入って八角を嗅ぎ、中国語を耳にしながら、油と音に焼ける酢豚を待つ。
冬場の水やりは忘れてしまう、この気温で根は眠っていて、葉の止まった枝枝にも停滞を覚えるも、たまにはやらないと、朝の寒さに外へ出て、狭くなった鼻腔で乾いた空気を吸いながらいると、臭う、カメムシ、この時期に、探してみると、潰れたブルーベリーのような残骸が、火薬のようにフレッシュに。
大物に噛みつこうとする傾向はあるだろう、どうせ見向きもされない、鼻の長い動物が虫を見逃すことを本能で知っているのだろうか、脚立を用意して背比べしようとすると、それよりも赤子に合わせて膝をつき、同じ目線、物を転がす方が大事だろう。
年年臭いがきつくなる、自分だけならまだしも、まわりからの刺激が強くなる、単に嗅覚が鋭くなったのか、それとも他人と接することが増えたのか、そうだとしても、各季節、年齢、性別、香水、洗剤、鼻をついてやまず、悪気のなさが性格よりも、より我慢が必要になるのだろうと、自分の臭さを確かめる。
三日振りに髪の毛をセットする、一度に十五分だから、三度で四十五分の節約か、などとは考えない、コーヒーを淹れるように、価値のある時間なのだ、おかげで気持ちがしゃきっとする、帽子で誤魔化すのでは、心の身だしなみとはいかないのだろう。
のんびり皿洗いしていたから、交差点で路面電車が電停に向かおうとしている、信号は赤だが、右向きの青い印が点灯している、ならばとルールを無視して走り出す、大股の駆け足で、破るならば堂堂と、力強くかけて、当然といった面持ちで電車に間に合う。
疲労がブレーキを消す、動きの良さを取り戻そうと元に戻ろうとするも、そんな早さはいらず、落ち着く程度がちょうどよいのだ、どこかへ落下したいように、落ち度を探しにわさわさするようだ。
なんといっても暖かいほうがいい、もっとも冷える月と思われる二月の半ばに、霞が眩しく朝空を光らせる雨上がりと湿気に、やけに小鳥の囀りが聞こえる、乾きが音を通らせるのではなく、その反対が存在を浮かびあがらせているようだ。
暇な時間に思う、まるで地中海の陽射しだ、そんな大層な、暖かいが暑いとなる南風に、斜めの影のうえの白壁が揺れている、気温で心持ちはどれだけでも変わるから、室内にこもってばかりの植物を出し、きっと嬉しいだろうと独り善がり。
対岸の煙を見るようでいたのに、昨年からの粉塵が目に届くようになり、しょぼしょぼと細目になったのを昨夜思い出す、痒さと暖かさだ、暗い雲の朝の中、すっきりせずにカレンダーの休みを見ていると、嬉しい物が、一時の吹っ飛びを快く噛みしめる。
本日の業務に一段落ついて、誰かがやたらと撒いた香水を嗅ぎながら外に立つ、目は痒くも鼻はくすぐられ、上着を脱げと誘うそよ風がある、心なしか歩く人も柔らかく、店舗の改装作業らしき働く人も、大きなガラス越しに見て、つくしと言っては阿呆な気分で突っ立っている。
敵わないと尻込み、わざわざ対比して卑小なコントラストにはめることもない、率直に認め、感動し、動力をいただくことがいい、昼飯で隣にいたおじさんは、ビール一杯でできあがり、燃費がいいと言う、それでは足りない、次から次へと。
悪気ない、無邪気な陰口であっても、とんとんと聞かされるのは、気分が悪い、黙っていればいいのに正体を明かして、誰がすっきりするか、自分か、少しは、こんなの面倒だと捨て置くも、そうはいかず、悶悶と、そこへ差し入れが、そう、悪気はないんだ。
日頃何十という階段の上り下りに、足早に動く仕事なので、一時間程の散歩はまるで苦にならないが、歳を経た骨盤の歪みのせいか、右の尻の筋肉が痛む、使うところが違うのだろう、ずれの矯正を考え、両尻で大きく歩くことを意識する。
映画観て、おにぎり食べて、オペラ観て、コーヒー飲んで、汁なし担々麺食べて、繰り返し酒を飲みながら、一日の感想を時間も忘れて書き続ける、これが休日で、今の人生で欲する時間なのだろう、成果と結果を味わいながら、余ったところでちょっとした雑文を残す。
予定通り午後から雲行きが変わる、早く来た風に乗って、雪というには固まった、みぞれがさんざんに飛ばされてくる、真正面からそれを受け、雨とは違う湿気を鼻に嗅ぎ、雪を求める心はなくても、来れば来たらで冬の来る心地する。
水気ない風花が散っている寒風の中で、あまり上手くない口笛を見る、白いソックスが寒寒しい半ズボンに、制服の子供は農民のように平気な顔して縦列で白線の外を過ぎていく、風向きは変わり、顔にだけ水気を感じる、足元はすぐに冷えてくる。
昨日の夜から天気に意識は囚われる、スニーカーで行くか、雨はどのくらいか、午前午後の確率に揺られて、黄色い袋の長靴を出しては、やっと出発になり、雨はやはり降り、予想通り靴下に染み込むが、苛立ちはほどほどに、おにぎり定食をいただく、ぼんやりする、空腹を押さえれば、機嫌もおさまる。
白さが高度をあげる、東京のタワーにも届かない山であっても、遠く、雪に施されれば、千は易易とのぼるだろう、仮に自らも高みへ昇りたいなら、色を纏うのではなく、脱ぎ捨て、白く、汚れを落としていくのが正しいと、白い吐息が言っている。
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