第12話

疲れと活発は対極にあるのか、休み明けほど体は重く、週は進むと心が重く、されど体は軽く、ただし朝の動き出しは鈍く、夜の活動はすぐに落ちようとする、昼間が短くなれば、さらに分離するのだろうか。


肉体の疲労が溜まっていくにつれて、快活になっていくのは、腹立たしくも思う、芯からくたくたになる前に、頭は働きを止めてしまい、キーボードのワンタッチさえ許さなかったくせに、今さら眠りたいのに、動け動けと夜陰が煽る。


秋に湿気がやっとおさまった、朝の光はそれでするどく、乾いたからといって涼しいわけでもない、昨日の風に凧揚げのように揺れて、貼りつけにじっとしていた蜘蛛は、ほつれた巣を二重に補強していた、天気がよく、キャリーケースを引く西洋人家族に、青い子供が1台にしがみついていて、転がっていた。


寝不足、案じ、案じ、台風はどのように、どの早さでやって来るのか、ならば予定を消すべきかと、振り子に揺れて、ミスを犯し、雑巾のような気分で、くしゃくしゃに笑う、これがとても気味が良い。


久し振りに夜行バスに乗る為に、家から出て、最終電車に乗って駅へ行くも、あと一時間半はバスが来ない、歩き、駅前の池のそばに座り、ただ観るのみ、旅行以外では決してない時間に、日常が削られていく。


朝方に駅の近くにバスは着き、夕陽のような光の射すなか、知っている駅へと知らない道を歩くと、ねじれた高層建築が目にとまり、金属の格子に覆われた建物も、有松模様の人形が立つアーケードも、日頃の感受性が方方に手を出して、ついついカメラが動く。


思わず早く着いてしまった美術館は、まだ開かず、もう並ぶ、一瞬だけ雲に陰り、小雨が横倒しに、池に波を立て、柳を映画のように揺らすも、湿気を高めるミストで、再び陽が射し、白いテントに守られるも、仰ぎ、拭う手だけが、立つ人人で動き続ける。


ちょっと鉄分を思い違えるコーヒーの味に、外は雨が降り、机の前に立つ画集にシダ葉とマンダリンがオレンジに実り、ヒトデのような青いガーベラも伸びている、水気に香りは沈むと思うも、ある範囲に入れば、キンモクセイは芬芬と臭う。


横降りの雨にカバンは濡らされ、止むことのない自然の威力を思い出される、扇風機にあてて持ち物を乾かし、生卵を器に入れて米を蓋にレンジをかけて、家事をこなして音が鳴り、底の熱い中をかき混ぜれば、今さら破裂して、体に米が降りかかる。


つなぎとめるのが苦手だからといってつながっている瞬間を嫌いなわけじゃない、少しわがままなだけで、調理の為の素材を集めることもせずに、出来上がった料理を囲んで楽しみたい、特段おかしいわけではないのに、たまの潤沢な交流が、いつまでも残るから。


二日前に深更に寝入ったからと、朝と昼の確かな眠気を解消すべく、時計のまわりきるだいぶ前に眠りに着くが、実際は疲れておらず、複数回の目覚めと、分断された夢が繰り返されて、横になっていた時間は長くとも、今朝はより眠たい。


ログインなしの十二時間、たったそれだけの数字で、安否について思い巡らし、便りのないのは無事の知らせと飲み込み、それほど心配していないこともわかっているにもかかわらず、一抹の何かが黒点のようにはっきり残り、年老いた優しさの云われない証だろうか。


自然主義なんて古臭い、確かに黴の生えたような枠組みが映像に移されていて、快い肌合いがするのは、自分がすでに味わいも抜けきった風化した存在だからだろうか、月並みな言葉で目新しさのない文章を綴り、似た退屈な平易さに、揺さぶられて、石灰に塗れて逃れられない。


いつも通りにさぼるなら、気になる人への説教を盗み聞きすることに、気を利かして場所を空けるのではなく、日頃を貫く、まあよくもこんなに長長と喋ると、集中できない校正の字面を何度もたどり、言葉の少なさは関心のなさで、空費と思える多弁こそ、意味があるのかと、今立っている状況こそ、無駄だ。


この時期には珍しく、どうも黄砂が飛んでいるらしい、ラジオが言うには遠い向こうの砂嵐が乗って、こちらにやって来るのだが、そんな遠い話は昔のようで、何かの物語の注釈のように、暴虐な竜巻が迫るも、ここは春らしく、冬の入口なのに、日向がやけに暖かい。


ぐっと冷え込む朝に驚く、寝ていてもそれらしい寒さを感じていたが、数週間前の暑さをどこかたよりにしているのか、いつまでも昼は暖かさを基本にしている、見れば外はダウンに手袋、シャツに羽織り一枚では身が震えて手もかじかむ、衣替えもまだしていないや。


今年の秋はそうでもないと思っていたのに、上着が必ず一枚増える日になると、きっと木木の葉も色進んでいるだろう、シベリウスの楽曲を選ぶ自分がいて、酷く物悲しくて、やるせない、冷気と乾きに浸った気もあったが、本物らしい憂鬱な気分に、自然の音楽が増進させる。


たかが推敲、されど遂行、やっと段落に来た、これだけの為に、どれだけ時間をかけているのだろう、人生は何回必要だろうか、それでも力の解放が気持ちいい、先ばかり得ようとして、足元はしっかり固めているのだろうか、反省は置いといて、今は熱くなった鉄に打ち込もう。


祭り囃子が聞こえる、大きい道路の交差点の向こうなのに、去年もその前もたしかにあった、マフラーさえおかしくない空気に、あつい盛りあがりはなく、冷えた大気を通して忘却のように届くも、行かない、もはや興味はなくとも、音だけは心を騒がせる。


怯える社交界か、そんな大それた形ではなく、川辺の草の原で、火を使った料理に囲まれ、酒と酒を合わせた人で和むだけなのに、疑心暗鬼か、それも矮小で、恐ろしく貧弱なのだが、憑かれて、はじめは仏頂面だ、しかし暖気に脂は溶けるように、やはり周囲に含まれていく。

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