第11話
天気予報はあくまで予報の朝の通り雨のあと、撥ねる水に靴が濡れて、道路を下見て歩いていると、白線の上に、そのままの姿でアキアカネが不時着していて、腐っても鯛などと、水に打たれて落ちたか、細い形が静まっていた。
昨日の紹興酒は肉厚の、釉薬のかからない湯呑の中に、少し沈む程度だったと、今日の中華で頼んだ三年入りのグラスを見て、味わいは若いのが良いのか、いや、多いのが良いと、壁にかかった純色が補色する絵を見つめて、頷く。
雨のち雨、天気は毎日刻刻と変わり、雨の中で雨が変わるから、今日の昼食は外食と、人気のカフェへ数年振りに行こうと、大雨の中を早足で歩くと、外で待つ人がちらほら、雨だから、そんな言葉は繁盛店には通じない。
暑いのに、わざわざホットコーヒーを外で飲み、木のベンチに汗を垂らし、口周りに汗玉を幾度も浮かせても、ホットが良い、だだそれだけで、汗はどんどん吹き出るも、たまの夜風が身にしみて、目の前の串焼き屋に、小さい男子にうながされて、母と二人で入る。
昼が暑いと、夜の外がいいから、映画やコンサートの後、毎夜の平和記念公園に来ると、式典に向けての設営の進みが見えて、今日椅子が並び、昨日はスプリンクラーが回って、蛙と蝉と共に鳴き、その前はカラーコーン、と、白いテントが土台となって前からいた。
行きつけのコーヒー屋、と言ってももはやかまわない、店へ週末に通うのは、安さ、美味しさ、外のベンチ、それに何よりもおいしい笑顔で、閉店間際、いつもの本日のテイクアウトがなく、淹れたてを外で待ち、笑顔と来ると、近くにいる女性の香水が、あとに、いつもより沈んでいない味が。
去年も、一昨年も、坊主頭は汗をかくも、髪の毛が短いから流れてしまい、今年は伸ばすと、後頭部に露がたまり、背中を合わせた発汗量に、今更気づく。
さすがの暑さに、エアコンの効いた作業場ではなく、外に向いた物置き場で荷受けすると、顔から、後頭部から汗が出て、さすがにタオルを考えると、手拭いが色色あって良いから、早速用意して、首に巻いてみると、ボーイスカウトみたいねと、中年は苦笑い。
やりたいことは階層的にあり、まずは土台となる第一の義務をこなし、次に副次的な使命に伸びて、それらに手を触れて一通り満足すると、忘れてはいないのだが最近は意識から消えていたビー玉遊びのような戯れへと、ようやく届くことができたのだ。
残暑は真夏のそのままで、長雨に覆われて暑さ寒さの彼岸の言葉を忘れてしまい、スカートは黃銀杏の色に少し変わっているが、台風の風に少し前を思い出し、二台のクレーンの下で、たまにはない待ちぼうけの作業音を、熱い階段に座って聞いている。
橋と川、それに傘があれば、少少の雨などなんでもない、皮膚をちくちくするくらいの見えないつぶてなら、この夕刻の疲れを癒やすことなく、慰めることなく、何もならずに吹き続けて、咀嚼する音と、濁った川面をすべる赤とんぼだけが聴こえるのみだ。
唐突な褒め言葉、それが数ヶ月前で、再び舞い上げられる同じ文句と、異なった仕草で、勘違いすることはない、世辞でもない、厚塗りだろう、例え多くの人の感想ではないにしても、一人の人から二度言われると、信じていたい気になるほど、おだてられてしまう。
雇われの日常を落とすには時間がかかり、連休一日目は体の疲れとしつこい想念が朝の洗濯物を干すのに取り付き、二日目はやけに眠く、時時頭を突いてくるが働きは自分の求める方へ、そして三日目になると、もはや遠い過去へとさよならされて、全く別の性質に着飾られたことが、明晰に思える目が言う。
忙しさは自分で選んでいる、それは一呼吸置いた時にわかり、空回りとは言わせない歯車が動いて、せっかくの隙間を埋めようと働くも、入れない、やらない、と空白を閉めずに踏ん張ってこじ開ければ、夕刻にはもう、涼しい風が木木をくすぐっている。
朝の見霽かす彼方に、低い山山の上を低い盛り雲は群れて行き、手を上げて見送りたくなる秋の風は、何の効果だろう、湿り気の薄まった皮膚に痒みと、いくばくの愁に染まりだしていく。
寝坊して出勤すると、もう荷受けが来ていて、タイムカードを押し、寝ぼけたまま荷を肩からあげると、手刀を受けたような痛みが走り、苛立ち、昼ごはんの後に椅子に座って首の痛みを受けていると、変わった空気、眩しい陽光に寒気を覚えて、油分のない魂の季節の到来を予感する。
毎朝の用を足すコンビニを出ると、普段は車が争って停まる駐車場に姿は見えず、だだっ広い視界に、一人の女性が斜めの光を浴びて道路を走り、続いて手前も女性が走り過ぎていく、雁のように。
差異を自分で作っている、連日のグルジア映画に、ポリフォニーの垂れ流された連休のパソコンが、とっくに諦めて何もない乾きをつき、絶えず流れ続けて、居場所の視点はやけにカメラがかっているから、ニュアンスを新たに手にした感じとして、様様に象ってコマ割りする、雨の日の水溜りで遊ぶように。
主観的に見ても、客観的に見ても、どこから見ても落ち込んでいると思えるのは、事態が深刻ではないから、それでも彼岸花や金木犀のせいにはできない、おそらく大したことがないから沈んでいられるのだろう、ほら、嬉しい、引き上げてくれる事象が、やはり来たではないか。
毎日が筋肉トレーニングだと思いなしているも、続けば同じ文句ばかりで、どうしてこうも味気ないのかと、だから少し寄ってくれた人も、今は失せて静かになり、もともとを忘れて、一体何がそうさせたのかと、ないものから探そうとしている。
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