第9話

一つのミスから血が吹き出る、量は少ないが、だらだら、頭から想念が湧き続けると、別のミスが来て、傷口に塩、泣きっ面に蜂、それでも想念の勢いは変わらないが、自信がへたり、ああぁぁ、となっていると、さらなるミスにより、こうなると額をぴしゃりと叩き、笑い、薄ら笑い、苦笑、そして想念が。


今の連休の後半に、山口へハマスホイの作品を観に行こうと、半年ぐらい前から予定を立てていたが、身近な人に家を空けると伝えると、どうも理解していないようで、ふと、ぴんときて調べれば、特別展は来年らしく、危うくない物を観に行く羽目になったと、ほっとして、じゃあ、次に控えていた、松山へ。


まるで新学期を迎えるような気分なのは、年末でない大掃除のように衣替えをして、布団を片っ端からしまい、たくさん鉢を並べて育ち盛りの観葉植物のオシメを換えて、ほっとして、溜まった物を吐き出し、雨に濡れ、寒さを温め、明晰な頭と、柔らかい肉体の動き、そして、いつまでも快活でいられる気概。


連休中の出勤で、映画を観るため代休での午後の退勤に、ランチをとるためインドカレー屋に入ると、なぜか本社の上司が一人いて、つい、この連休中の営業に関しての考えを述べ、カレーは味などなく、ナンも厚いだけで、口はいかに語るべきかに先鋭されて、ふと、まるでインドにいるように、遠慮がない。


朝、芋をもらう、連休中の出勤が無意識にさせるのか、それとも休みの間の生活がそうさせるのか、職場の雰囲気とひどく乖離して、仕事の話などとてもする気にならず、誰とも話したくない気分で、疎ましく、うっちゃっておいてくれればいいのに、この、甘く、ほくほく、芋特有の成分による食感が、憎い。


ラジオで知る、改元を待ち、酒を用意したり人々が集まったり、何の準備もなく、ただ、いつもより早く眠りについた自分には、寝耳に水なほど、理解しがたい狂乱ともいえないさもしさに感じて、天気予報のお姉さんに、パーソナリティがその瞬間について尋ねるのを聞き、何の関係もなく寝たとあり、同感。


私はやめた、平和記念公園のベンチで書きものをしようとしたが、陽光の陰影や、木漏れ日が、マーラーが、おかえり、ただいま、などと変哲のない感傷を自分の中で解決して、青空に、楠木の新緑は輝き、大小のマルハナバチが飛び交って騒ぎ、生命の営みの美しさに、ただ、とろけていくだけだった。


一人の人間に対して、その時の気分や、その時の体調で、感じるものが変わるように、忙しい時には気にならないであろう談笑が、暇な時に、異なった考え方と目的で動いていると、耐え難いほどに煩いものでしかなくなり、どうして、こんなにと、まるでその頭の中と動き方が信じられなくて、近寄れない。


突然の風に、雨と、雷が鳴り、慌ててベランダの洗濯物を取り込みながら、これこそが、春雷、などと考えた寒冷前線が通過するこの日、水を得て植物の葉は生き生きと伸び、数日間の熱い空気と異なり、やや湿気を持った冷たい風が心地よく、おそらく連休中で最も叙情的な日だと、高い空の積雲の橙を見る。


二日間髭を剃らなかったら、男性ホルモンが多く、もみあげとつながるわけではないが、ぽつりぽつり生えるみすぼらしさのなかに、白い毛がちらほらと、まるで若返るかのように、色の消えた白は、勘違いで、色も、記憶も、感情も、強さも、消えて透き通り、地面へと倒れさせるよう、無垢に返らせる証だ。


朝の食事はカンパーニュが一枚だけで、それでも午前中の仕事をこなすのがいつもなのに、なぜか10時を過ぎてぐったりしてしまい、体が億劫で、なんでか考えて、ふと、前日に早く眠ったから、睡眠がカロリーを必要としたのだと気がつき、寝るのは腹が減る、その事を人に話すと、冬眠について説かれる。


とあるところで、若い女性がカフェの話を中年の男性にしていると、カフェという言葉にやけに反応して、茶化す場面があり、いまだにそれをなにか洒落たか、気取った言葉と思っているのか、寂びれた喫茶店が頭にいつまでも生き続けて、世代の差を証明しようと、死語が必死にお喋りしているようだった。


忌み嫌っていた退屈な場所が、自分の動きを変えただけで様相を変える、都合できるのはどれか、昔からある本、今もある自己啓発、簡単に探せる内容を意識することなく実践していて、その効能に驚くも、その場所への感情は変わらないが、有意義に時間を使えることに嬉しさと、たしかな充実感を覚えた。


カレンダーで見た、仕事での空いた穴を埋めるべく、予定を頭の中で確かめて、扉に吊り下がった三ヶ月分には、予定、二胡、書いてないが皮膚科、18時に映画……、大丈夫だ、かわれる、早速尋ねると、すでに他の二人で補填されていて、なら良かった、けれどすっきりしないのは、親切心よりも、功名心?


鼻が詰まる、普段は一がたやすくて、そればかりに向かっているのだが、おかしなことに、今日は嫌厭しがちな二のほうが安く思えて、一が難しい、難しいのではなく、頭が詰まっている、見える材料がとうに消えて、見えていない材料から抽出するほうが、簡単に現れるように思える、今日の曇り空だ。


眠ったのが遅いのに、やけに睡眠は浅く、朝方に、思い切り怒鳴りつけるというより、日頃の鬱憤をぶちまける夢を生々しく観て、そこに行き着くまでに忙しい仕事に追われ、一人気を吐いて責任を抱え込み、必死に働いていたので、目が覚め、寝てたと気づき、これから仕事なのに、働いてから働くなんて。


とある集会で、とある人物が、どうやら親類と海外へ行くらしく、それにより毎月決まっていた予定が合わず、一日ずれてしまうという話を聞きながら、別にそんなことはどうでもいい、予定などなくせばいい、そんな事を考えると、もう切符を買ったから、切符、切符、カチカチと、鉄の挟みが飛行機を潰す。


春からの休日の位置があり、広島平和記念公園の一つのベンチに座り、変わらないマーラーを聴き、目を瞑り、ある人にとっては祈りも、瞑想も、酩酊気分の一種かと思う冒涜心によって人生を誤魔化していく、ふと見ると、縁石に小蟻の歩く姿が、緩やかな一本の線となって、空の飛行機、向こうのヨットに。


梅雨入りしたと思っていたのに、湿気はどこへ、乾燥はそこへ、暗雲は時折やって来るのだが、そぼ濡れるほどの雨も降らず、ちょっとアスファルトを湿らせるだけで、斑点はとどまらず、傘も見えずに消えてしまう、風が爽やかで、夕刻の光も華やかで、なんだかどれもきらきらしているが、孤独が幾重にも。


前夜に取り憑かれた、こっこ、何度も何度も、夜通し流れて、朝から見上げさせる、終わることなく繰り返し繰り返し、何度も何度も、空を、青を、掴みたくなる目眩を、エッサウィラを、サマルカンドを、風が何度も吹き抜けて、目頭に潤みを、海を、岬を、年齢が若さを、よそ見していた物が、あまりにも。

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