第2話
車に乗って走り出す前から車酔いする人がいるように、悪い噂だけを聞いてその人間が来る前から嫌う人がいる。走り出してから酔えばいいのに、会って話してから嫌えばいいのにと思わずにはいられない。
天気と時候が良いと、住み慣れた近辺も観光地になる。
たまにする掃除の最中に火が着いてガスコンロの裏側や本棚の裏まで掃除に手を出すような熱量が毎日の生活に引き出せるのなら、おそらく少しは望みの生活に近づけていると納得できるのだろうに。
だからチョコレートばかり食べてしまう。
自分に似た性質だけでなく、歩んできた経験や失敗も似ていると、初めて会ったその人物がやけに心配になってしまうのは、もう若さを失っている証拠のような気がする。
新聞の折込チラシに、マイホーム今が絶好の「買い時」?、とあり、宇宙へ行く程度に現実味がなく、また興味もなく、対抗意識が募り、金はなく、借り住まいも古めかしいが、教養は安あがりの衣装で、能舞台の観賞で、隣の席のスマートウォッチの男が、鼻をすすり、貧乏ゆすりをしているのを脇に見る。
小学校や中学校の同級生に今は会いたくないと言う人が、キャラクターの変わった相手をどう扱っていいかわからないからと理由を説明するのを聞いて、そもそも人は扱うものではなく、どのようにキャラクターが変わり、変っていないかと対面するのが、同級生に会う楽しみではないかと思ってしまう。
たった一つのくしゃみの仕方にさえ、その人の性格は表れ出てしまう。
若い男性が、金髪の女性の容姿について、黒歴史という言葉を使っていた。スパーチ、ロシア語で寝るという意味だ。これだけが独学時にすぐに記憶に残り、ロシアで人が使うのを聞いて、単語への不信が消えた。黒歴史も同様の衝撃で聞いた。ただし不信は募る。若いのに、歴史に怯えて、つまらない言葉だ。
連休明けなのに、金曜日のような注意力のなさと苛立ちで重苦しく働く人と、普段は連絡不足が目立つ人の淀みない報告が対照的で、どんな連休を過ごしてきたのかと思い浮かべてにやつき、数日分の仕事を喜んで迎えて働く心地良さは、帰省と同じ一日だけの歓待だ。
言い訳や嫌味でストレスを表明する人もいれば、返答までのごく短い沈黙の間で堪えている痛みを多く語る人もいる。素直に捻くれた言葉を口にする人に対して覚える直情的な反感に比べて、雄弁な沈黙はこちらに内省的な不満とそれに勝る憐憫を覚えさせる。
連休直後の振る舞いはまるで達観した聖人のようで自信を持てたが、週末に近づくと、仕事に対してわずかながら軟弱になっていた心身は疲弊しきって、こんなにも薄汚い心でいるのかと余裕のない気分は口元だけで笑い、目元はまったく笑えていないことに気がつく。
忖度という単語は、黄土色のフレアスカートのように用いられて、それを使用すれば、古めかしい教養と品格が身に備わったように錯覚させる。
やりたいことが多くて、あれもこれも手を出し、一つ一つの進みがとても遅いけれど、以前と違って、手を出しすぎ、と自責せず、今はこれでいいと、あまり気にせず、時期がくれば選択するだろうし、手をつけることできっかけはつかめているのだからと、最近はマーラーよりも、バッハを聴くことが多い。
今日観たドキュメンタリー映画で、人間は生まれる時に性質は選べない、とさ。この映画では、人生を退屈で苦しいものにしか見れない男が、何度も自殺未遂をして、やっぱり自殺してしまう。死にたくなる時は誰にでもあるけれど、運命に決められた性質で死にたくなるほどではない。生きれる性質を喜ぼう。
歳を重ねるごとに、悔しいという感情をより強く感じられるようになったのは、勇気が出たのか、それとも虚勢を張って演じているだけなのか、どちらにしても、自分にはあまり縁のなかったように思っているこの感情の湧き起こるのを悪く思わずにはいられない。
いわゆる、こんちくしょうだ。
自信と不信は砂の一粒で引っくり返る。フィールドが異なっていたと気づいたそこには、過信がはびこっていた。
植物に手をかけすぎたら枯れると教えられて、それを自分は知っているが、それは物事の扱いに慣れた人の言葉で、素人は手をかけるという程度がわからないから、もともとの勘とセンスのない者は、たくさんの植物を枯らしてこそ手をかけなくなるのだと、枯れて黄色くなった胡蝶蘭を前に言い訳する。
中島さんのあだ名の多くは、なかじ、矢島さんのあだ名の多くは、やじ、ではインドの聖者ババジの本名は、巻き戻しをするように、馬場島だろうか、などと注文書に記載されているお客さんの名前から連想するほど、最近は呑気に職場で過ごしている。
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