つぶやきという日日のぼやきに詩情を
酒井小言
第1話
部屋から窓の外を見ていると、白い小さなものがはらりと降りていた。風花という言葉を知ったのは昨年の初冬。もう暖かくなりはじめたのに、今冬何度も見てきた風花の幻影が今現在の冬の大きさを示しているようで、まるで衰弱した寒さのかけらのように思える。ただしたったの一度だけ、自分の目を疑う。
古典芸能であれクラシック音楽であれ、新しい曲を初めて聴いてなんとなく良いのだろうと疑い続けるのは当然らしい。自分の経験のない物を味わう為の対応器官がまだ存在していないのだから、期待値だけが高く、自分のすでに経験してきた物を探しても見当たらないとのことだ。
噛みつかれては、無視できずにいる。調子の良い時は意識せずにできていることも、わずかな疲れだけで理性の働きを全て失うようだ。先を見るなと言いながら、途方もなく続く変えられない自己の性質にため息を漏らしている。
暖かくなってきたので、職場での上着を持っていかなかったら、真冬よりも寒気を感じる一日になった
時候の移り変わりを必ず頭痛で表現する人間がいる。
裸足で過ごせる湿度のある空気に、外からの雨垂れの音は、明日の仕事をこなせば休みが来るのだからと夜更かしを促す。香り立つ水気が夜の時間を貴重なものにして、明日をないがしろにする。
コンテンポラリーダンスを観ている最中、踊っている数十人の中で、どうしたって視線は際立って可愛い子や、表情の豊かな子へ集中してしまう。それぞれの個性もそうだが、踊りに気を取られて表情を演技できないのでは味気なくなってしまう。
物事を単純に解決する人と、複雑に解決する人がいる。単純なほうは楽だが、複雑なほうは面白さがある。前者はすんなりと、後者はだらだらと。仕事は簡単に、趣味は難解に、そんな姿勢と心持ちでいるのだろうと、他人の言動から自分を知る。
アロンアルファを久しぶりに使ったら、先端が固まっており、ハサミで切ることをせずに無理に押していたら、別の場所から大量に溢れて手にたくさんこびりついた。目に入ったらと考えると、これは恐ろしい道具だとあらためて思った。
口喧嘩をしている時の言葉ほど信用できないものはない。
勝手に自分が世話をしていた職場のオブリザタムとペペロミアが別の場所へ突然持っていかれた。喪失感と憎しみ。育てた子を失うやりきれない悲しみというのは、とても計り知れないものだろうと実感した。観葉植物、喪失、なんとか冬越ししたのに、春の生育が楽しみだったのに。
未来を好意的に見るから現在を楽しめる。あんな樹形を、あんな植え替えを。鶏肉を炒めるのに、にんにくを香り付けにするか、豆鼓にするか、味付けは中国醤油にするか、ナンプラーにするか、それとも。これがなければすべては硬直してしまう。未来を欲しがりすぎて、現在を失う時もあるけれど。
生き方を、一つの作品であり、自分ならではの表現と見なすなら、美意識を定め、他人からの影響に翻弄されず、流行による形骸化を避け、少しはましなものにしようと姿勢を正すことだろう。
少しでも薔薇のような香りがすると、トイレの芳香剤、と例えられるのを耳にしたことが何度もある。力強く、反幻想的で、庶民性を有しているのだから、トイレの芳香剤を考案した人は、香りの表現の、素晴らしい適例を生み出したのだろう。
お墓への献花が造花だとわかると、虚しさを感じてしまう。パチンコ屋入口の鉢植えが造花だとわかると、思わず頷いてしまう。
自分を疑った人同士が三十分以上も口喧嘩するのを見て、疑われたことに対しての憤りが消えてしまったのは、そこに弱さを見たから。とある場面において自分を疑うのは仕方ないことだから、それぞれの弱さを自覚して、お互いを容赦できることが、自分を助ける最善の態度になるだろう。
あれほど苦手だった人物が、とあるきっかけによってまったく苦手にならなくなる。細かい動作が食べ慣れたトマトのように馴染んでしまい、その代わり、別の人物の動作が苦手になる。常に苦手する人物を見つけないではいられない性質が備わっているらしく、標的は気まぐれに移っていく。
ある発言により心底怒りを感じた人物を、見下げて冷淡に接していると、その人物も同様の態度を自分に見せるようになる。まったく顔を見合わせない。ふとつまらないことをしていると思う瞬間が訪れ、どうしてこのような振る舞いを自分はしているのかと問いかける。もう忘れてしまったと気づかされる。
誰かに自転車を倒されたらしく、ギアチェンジがおかしくなった。どうやらフレームが歪んだらしい。自分の歪んだ骨盤に調子を合わせたようだ。
他人に対してやけに寛大な気分でいる日、自分に対しての不信感が募る。
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