突入

 レミーの提案に、ディアナは虚をつかれた。


「絹? あるけど、なんでいるの?」


「ああ。少なくとも皇太子か教会のものを盗んだ証拠になる。盗賊の間で話が広がれば、裏社会と関わりがある貴族もそれを知る。そうやって、弱みを作っておくんだ。パルタスの。皇太子を守れなかったか、教会を守れなかったかした、無能野郎として」


「うまくいくの?」


「最悪、あえて番兵に見つかりそうなトロいやつに持たせて、捕まらせてこいつは絹を盗んだ罪人、として縛り首にするほうがいいかもな」


「ひどい……」


「散々盗みだとかをした罪人だぞ? それでもか?」


 レミーは不思議そうな顔をしている。

 ディアナが思い出したのは蚕のさなぎだった。繭を取られて、死んでしまう。

 悪党かもしれないけれど、レミーに押し付けられた絹の布という繭によって殺される。

 それは、嫌だ!


「布をあげるのはいいけど、絶対捕まらないし揉み消されない人に渡して。お願い」


「わかった」


 それからレミーを通じて裏工作をし、裏社会と「皇太子と皇太子の部下、皇太子の財産には手を出さないがそれ以外は知ったことではない、という密約を交わした。

 その報酬の前払いとして絹一反、後払いとして襲撃場所に奪われるための荷車と貴重品類を用意して、ついにその日はやってきた。


「これはこれはわざわざ体の弱い皇太子殿下にお出ましいただき、恐悦至極にございます」


 相変わらず慇懃無礼なパルタスとともに、宝物庫がある山の上へと石段を登る。


「パルタス侯爵が管理している教会の宝物庫の中身を確認したい。その管理状況によれば、僕が作っている布の管理を任せてもいい。だから、一番の責任者である僕が見に行くのが当然だろう?」


「ええ。ええ。仕事熱心で何よりでございます。つまらないものしかありませんが、どうぞごゆっくり」


「警備体制についても僕と一緒にきちんと詰めたから大丈夫だろうし、ね」


 ディアナは影のようについてくるレミーをちらと見る。

 無論、警備計画は筒抜けであり、一部の番兵に至ってはレミーによって買収済である。

 昔盗賊に襲撃された、ということで兵士こそ過去に比べて増えていたが、山頂にある森の中の屋敷だ。死角など山ほどある。

 階段を上りきり、パルタスが番兵に命じて扉を開けさせる。

 パルタスが案内した宝物庫の中は、繊細な彫刻がされた大理石の聖母子像や、外された色鮮やかなステンドグラスなど、華やかなものであふれていた。

 シャンデリアの光に照らされて、まるで舞踏会のように美しい。

 だが、レミーが言っていたような旧世界の物は、なにもない。


「そして、こちらが過去大聖堂に安置されておりました祭壇でございまして、とても重く、ここに運び込むのには多数の人手を必要としました。この彫刻を行いました職人は……」


 だらだらと解説を続けるパルタスと、神妙に解説を聞くパルタスの付き人に気付かれないよう、レミーはディアナにささやいた。


「ない。押し入った時通った地下室へのふたがない」


「どうするの?」


「このあたりだったのは間違いないんだけど……」


 どこか不自然な場所はないか。

 ディアナが床を観察すると、おかしなことに気がついた。

 パルタスが重い重いと言い続けている祭壇が、わずかにずれている。

 床が見えるはずの場所に、黒い闇が口を開けているのだ。

 

「レミー、見つけた」


「どこだ?」


「祭壇の下」


「わかった。合図があったら、やろう」


 短く会話を交わす。


「で、ありまして、この祭壇の大理石を切り出したのは……」


「パルタス侯爵! 報告であります! 宝物庫が、賊に襲われております!」


 見張りの兵士が、合図を告げた。


「なんと、皇太子殿下、わたくしめとともに脱出を!」


「お断りだ!」


 レミーがパルタスの首筋に手刀を落とす。同時に、知らせを告げた兵士がパルタスの付き人を気絶させる。

 気を失った二人を兵士にも手伝ってもらって物陰に隠し、レミーとディアナは祭壇を押す。

 ゴトン、という大きな音を立てて祭壇が動いた。

 その下に階段が続き、その先には鉄製の扉があった。その扉には、赤い文字で「生命研究所 許可なき者の侵入を禁ず」とかいてあった。


「間違いない、この階段には見覚えがある!」


「行こう、レミー!」


「おう!」


 二人はカンテラの明かりを頼りに、どちらともなく手を繋いで階段を駆け下りた。


「どこなの? セリカの部屋は?」


「確かここだ……あの時はお頭がなんとかして開けたらしいんだが」


 二人は、冷たい鉄の扉の前で立ち尽くした。

 扉はどこものっぺりとしていて、取っ手はない。

 扉の横に淡く光る数字が書かれた板があるだけで、あとは何もなかった。


「どうやったんだ、お頭は」


 レミーが頭を抱える一方、ディアナはセリカに教えてもらったことを思い出した。


「そこに数字が書いてあるボタンがあるよね」


「これ?」


「セリカに教えてもらったの。決まった番号順に押すと扉が開く仕組みがあるって」


「決まった番号?」


「教会ならではの番号、みたい。セリカが開けた時は、百五十三だったんだって」


「じゃあ、100、50、3、って押せばいいのか?」


「ううん。一、五、三って押してみて」


「わかった」


 ディアナに言われた通りにレミーがボタンに触れると、数字の上にあった黒い壁石が白く輝き出した。


「うわっ! 大丈夫なのかこれ!」


「大丈夫だよ。セリカが教えてくれた。電気が通っている証拠で、なにも危なくないんだって」


「おう。続けるぞ」


 レミーが数字を押し終わったとき、きしむような音がして、目の前の扉が動き出した。

 緑色に光る壁石が、足元に埋め込まれた部屋が見えた次の瞬間。

 部屋の中から、まばゆい白色光があふれだした。

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