世継ぎ
ガチャン、と大きな音を立てて
レーンが薬湯を飲んでいる最中、突然レーンの腕から茶碗を持つ力が失われたのだ、と粉々に割れた茶碗がディアナに告げる。
レーンは激しくせき込み、枕に倒れこんだ。ゼーゼー、ヒューヒューという
「レーン! レーン!」
「う……う……」
ディアナの呼びかけにも、レーンはうめくばかりだ。意識も消えかけているようだ。薬のせいだ。ディアナにはわかった。森遊びのとき、領民たちが
ナオミは、レーンを元気にさせるため、大量の薬を飲ませていた。その薬に入っている毒は少しずつ少しづつレーンに溜まっていって、長雨で水を抑え込むことができなくなった堤防が決壊するように、今この瞬間レーンに向かって一斉に
「嘘よ! こんなの嘘よ! レーンは死なない! こんなことにはならない! レーンは
ナオミがわめきながら崩れ落ちる。毒々しいほど赤いドレスに薬湯がつき、真っ黒な染みが生まれる。それに構うことなく、うそ、うそ、こんなことはありえない、とナオミは泣き叫ぶ。
「レーン! 起きて! ねえってば……ねえ……」
両手から伝わるレーンの
その夜、屋敷に来たゼントラムの貴族たちは、ナオミからレーン死亡を知らされて大口論をはじめた。その場――レーンの部屋には、ブレナンとディアナも強制的に同席させられた。
レーンの死にディアナは呆然としていた。レーンともう、話せない。虫取りにも行け ない。なのに、ママも貴族様たちも、レーンが死んじゃったのに、悲しくないみたいだ。むしろ、レーンに対してどうして死んでしまったのか、と怒っているみたいだ。そう気が付くと、ディアナは腹が立って仕方がなかった。なんで。なんでレーンが死んだのにママは涙の一つもこぼさないの?! ディアナはナオミに食って掛かりたかった。でも、ナオミは貴族たちと話し込んでいる。大切な話を
「どうしてママはレーンが死んじゃったことよりお客さんが大事なの?! 何なのこの人たち!」
「……ディアナ。よく聞きなさい。君のお父上は、今度王様になる、アルス様だ。レーンは
「なんで、なんで、そんなの聞いたことない、私たちを援助してたのはノーデンだったよね? 私たちのお父さんは、ノーデンの貴族様のだれかじゃなかったの!?」
「ナオミ様が、ノーデンの亡くなった先代領主様の娘だ。君はノーデンの領主の血も王家の血も両方ひいていることになる」
「そんなのなんで今言うの、レーンが、レーンが死んじゃったのに!」
ブレナンは
「……死んでしまったから、なんだ」
「なにそれ!」
ディアナがなおもブレナンに突っかかろうとすると、突然、言い争っていた貴族の一人がディアナの腕をつかんだ。
「きゃっ! なにするのよ」
「……
彼らは様々な
「そんなのってないわ! 先生、助けてよ!」
私自身はいらない子みたいじゃないの。あなたたちが必要なのは、レーンの代用品だ。優しい先生なら、こんなひどい人たちから私を助けてくれるはず。ディアナはブレナンを見る。ブレナンは、本当に悲しくて申し訳ないと言わんばかりの表情だったが、彼女から目をそらした。
「ママ! 助けて! ひどいよこの人たち!」
普段、ディアナはナオミに見て見ぬふりをされる。けど、それはレーンが心配だからで、しょうがないのだ。でも、レーンは死んでしまって、レーンが死んでしまったことに対して怒っている人たちに私はつかまっている。レーンが死んでしまったのはレーンのせいじゃないのに。この人たちはレーンに対してもひどい事を言っているのだ。だから、ママは私を助けてくれるんじゃないか。ディアナはナオミに訴えかけた。
ナオミは部屋の隅からディアナの方へ歩み寄ってきた。よかった。ママは助けてくれるんだ。ナオミはディアナの前を素通りし、彼女の後ろで足を止めた。そして、レーンの看護のための道具箱から、大ぶりなナイフを取り出す。
ナオミはディアナのポニーテールを
「ママ?」
ナオミは無言でナイフをディアナに振り下ろす。あまりに突然のことに、ディアナは
頭の後ろでじゃっ、という音がした。痛みはなかった。どさり、と何かが落ちる音。ディアナは頭が軽くなったのを感じた。
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