その8

 夕食後、ルコ達はこれまで決まった項目について確認作業を行った。

 決まった項目は以下の通りだった。


1.現在計算中の白転移点と次計算する黒転移点の結果が異なった場合は速やかに都市千代ちよまで撤退する。その経路は選定済み。

2.計算結果が一致した場合は、出現当日12時までに出発し、16時までに沼のほとりで待機する。ここまでの経路は選定済み。


 この2項はすんなり決まったのだが、問題は黒の転移点の出現位置だった。時間と位置共に計算する上での入力パラメータだったのでそれぞれ一つの値として決めなくてはならなかった。しかし、予測値は一つの値を示している訳ではなかったので決められないでいた。

 画面には黒の転移点の予測出現地が円で示されていた。ルコの住んでいる都市名と同じ絵備えびと同じ都市名を持つ都市があったが、ここから南に直線距離で約45kmの位置にあり、円の外にあった。

「やはり、この2つの都市のどちらかだと思うのじゃ。これまで人間の作った建物内でしか転移点は観測された事がないのじゃからな」

 遙華はこれまでの観測結果と地図から円内にある2つの都市を指差しながら言った。

「そうかもしれないけど、それだったら今回の黒点では帰れない気がするわ」

 恵那は何の根拠もなかったが、直感に従ってそう言っていた。

「恵那様、どういう事なのですか?」

 瑠璃は恵那に対して説明を求めた。確かにどうしてそういう結論になったのかの説明が足りなかった。

「だって、その2つの都市はルコとは縁が薄い場所でしょ?」

 恵那はそう言ったが、説明にはなっていなかった。

「確かに行った事はあるけど、特に何かをしたとか、思い入れがある場所ではないわね」

 ルコは恵那が何を言いたいのか分からなかったが問いにはそう答えた。

「ルコと縁のある場所ではないと戻れないとでも言うのじゃな。でも、そんな偶然に頼らないといけないのじゃろうか?」

 遙華は恵那の言いたい事が分かったような気がしていた。

「あ、成る程、そういう事かもしれませんね」

 瑠璃は今までのやり取りで何かに気が付いたようだった。

 他の三人が一斉に瑠璃を見た。

「要するに、偶然この世界にやってきたのだから帰るには偶然が必要だと言う事ですね」

 瑠璃は気付いた事を言った。

「うーん、それは分からない事はないのじゃが、理屈にもなっていない気がするのじゃ」

 遙華は考え込むように唸っていた。

「とにかく、ルコの家の位置が正確に分かる必要があるのじゃない」

 恵那は自分の理論(?)で話を進めようとした。

「たぶんこの辺である事は確かなんだけど、地図が私の世界のものと微妙というか、大きく違うというかで……」

 ルコは大体の位置を指で囲うように示したが、市街地と道の関係が違っているのか一部欠落しているのか分からないが、地図が異なっているために正確な位置を示せないでいた。いずれにしろ、この世界では森林地帯で建物らしきものがなかった。

「なんか、こう、バシッと決められるものとかないの?」

 恵那はちょっと焦れたように聞いてきた。

「ああ、そう言えば」

 ルコはふと頭に浮かんだ緯度と経度をすらすらと言った。それが自分の家の位置だと言う事は何となく分かっていた。ただ何故そんな事を知っているかの理由は勿論分からなかった。

 他の三人の方は見知らぬ単語と数字の羅列に思わずドン引きした。何を言っているんだこいつといった感じだった。

「はい、承りました。ルコ様の指定した位置はここです」

 マリー・ベルが突然そう言うと、地図にルコの家の位置を正確に表示させた。

 ルコ以外の三人はええっーという感じで地図を呆然と見ていた。特定に苦労していた位置がすぐに分かってしまったからだ。

「しかし、ルコ様、この辺は完全な森林地帯で建物が全く存在しません」

 マリー・ベルがそう言った。

「まあ、そうなんでしょうね。この世界で感じたんだけど、都市自体が中心部に集約されて、中心部以外の町並みはみんな森林地帯に戻ってしまったって感じよね。そう考えると、私の住んでいる家の周りは森林地帯になっちゃっているのも頷けるわ」

 ルコはそう言って遙華が述べていたように2つの都市のどちらかに絞られたと思った。

「でもでも、ルコに縁があるものが周辺にあるかもしれないよ」

 恵那は尚も自分の主張を貫き通そうとしていた。

「仰るとおり、南東方向に直線距離で1kmのところに、森林に囲まれていますが建物が存在します」

 マリー・ベルが恵那の味方をするような報告をしてきた。そして、そこを赤点で地図上に示した。

「2つの点の地域を拡大して」

 ルコはそう言って、拡大した地図を食い入るように見詰めた。

 ルコの家の地点と新たに示された地点の間には細い川が流れており、かろうじて残っている道を眺めていると、ルコはニッコリと笑った。

「これ、私の通っていた学校だと思うわ」

 ルコがそう言うと、他の三人が一斉に歓声を上げた。

「偶然がまた一つ現れたって事じゃな。ここに黒点が偶然現れると、確かに偶然帰れるような気がしてくるのじゃ。何の根拠もないのじゃが」

 遙華は微笑みながらそう言って、さっきまで反論していた恵那の理論に乗っかる事にした。

「それじゃあ、位置の入力値はここにする事にして、時間はどうしよう?」

 ルコは一つを決めたが、まだ一つに関しての議論を進めようとした。

「しかし、それは……決めようがないですね」

 瑠璃は歯切れの悪い言い方をした。

「そうじゃな」

「そうね」

 遙華と恵那は歯切れは悪いが瑠璃に同意する他なかった。

「まあ、そうよね」

 ルコは三人の反応を見てやっぱりかと思った。位置と違って、ルコの縁で決められる類いのものではなかったからだ。

「それでは予測値の中央値を使いましょう」

 ルコは溜息交じりでそう言った。

 他の三人はルコの意見に頷いたが、まあ、消極的な賛成と言ったところだった。とはいえ、これで計算の方は準備が整った事になった。

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