その7

 建物から外に出ると、いつの間にやら雨が降っていた。

「降ってきたのじゃ」

 遙華は空を見上げてから、小走りに車へと向かった。

 ルコも遙華の後を追った。

 二人はそのまま前部の左側のドアから車の中に入ると、前部区画には瑠璃と恵那がいた。

「おかえり」

「おかえりなさいませ」

 恵那と瑠璃がルコと遙華にそう言った。

「ただいまなのじゃ」

「ただいま」

 遙華とルコもそう挨拶した。

「さて、食事にしましょ」

 恵那がそう言って、前部区画で朝食を摂る事になった。

 作業区画の方は補給物資で倉庫と化していたので、ここで食事を取る事になっていた。

「遙華、建物の中は暑くなかった?」

 恵那はニコニコしながら遙華に聞いた。

「平気じゃ。空調が動き出したので、全然暑くなかったのじゃ。このくらいじゃったら、吾、平気なのじゃ」

 遙華はエッヘンとばかりにそう答えた。

「え?今は全然暑くないわよ。暑さの本番はこれからだけど」

 恵那は大げさにびっくりしたように言った。

「えっ……」

 遙華は絶句した。まだ暑くなるのかと思うと絶望したからだ。

「これから暑くなると、遙華は溶けちゃうかもしれないわね」

 恵那は再び恐怖のキーワードを口にした。顔は勿論ニタニタした。これを機会に冬の寒さでの仕返しをしてやろうという魂胆が見え見えだった。

「吾、本当に溶けちゃうのじゃろうか……」

 遙華は恐怖のキーワードで再び固まってしまった。どうやら本気でそう思っているらしかった。

 まあ、恵那を見れば分かるように、暑いところに住んでいるからと言って人間が溶ける訳ないという事例があるのに、未知の暑さに遙華の頭は混乱していた。

 そんな感じで、いつもののんびりした雰囲気(?)で朝食は始まり、和やかに食事が進むはずだった。

「黒の転移点の予測報告が入って参りました。現在地より南に直線で35±5kmの地点、出現時間は60±3時間後です」

 マリー・ベルの報告により、一気に場の緊張感が増した。無論、遙華の暑さ問題も吹っ飛んでしまった。

「黒って、別の世界への入り口って事よね」

 恵那は目を丸くして確認するように言った。

「そうじゃ。これは絶好の機会が訪れたという事じゃな」

 遙華の目がキラリンと光った。

「しかし、ぷら……とは何ですか?」

 瑠璃は聞き慣れない言葉を聞いてきた。

「それは、35を中心に前後5の範囲、つまり、30から40kmの間のどこかに出現するという事よ」

 ルコは瑠璃の問いにそう答えた。

「なんでそんなに不正確なのじゃ?」

 今度は遙華が聞いてきた。

「よく分からないけど、予測式の精度の問題ってやつじゃないかしら」

 ルコは遙華の問いにそう答えてから、

「マリー・ベル、予測地点・日時はこれから精度が上がってくるの?」

と聞いた。

「現在、観測衛星が向かっております。その観測衛星によりその一帯を観測し、出現兆候が現れれば、場所・時間をほぼ完璧に特定できると推定されています」

「それって、何時間前ぐらい?」

「約1時間前と推定されています」

「それまではこれ以上精度を上げる事はできないのね」

「はい、仰るとおりです」

 ルコはマリー・ベルの答えを聞いて考え込むように黙った。

 その様子を他の三人が固唾を呑んで見守っていた。何を言っているのかが分からないという事もあったのだろう。

 その状態が数分続いたが、三人にとってもっと長い時間に感じられていた。

 ルコはじっとこちらを見ている三人に気付くと、

「え、あ、ごめんなさい。すぐには結論が出せないわ」

と今思っている事を口にした。

 その言葉を聞いて、三人は緊張の糸が切れたように脱力した。

「どうじゃろう。手順とか計算とか経路とか、色々明確にしておく必要があると思うのじゃが」

 遙華はちょっと冷静になってそう言った。

 遙華の言葉に瑠璃と恵那は大きく頷いた。状況は切迫しているとは言え、四人は意外と冷静だった。

「そうね。まずは朝食を済ませましょう。時間が切迫しているとは言え、食事を抜いていいほど短時間ではないからね」

 ルコはそう言うと、目の前の残った朝食に手を付けた。

 他の三人もルコに習って、朝食を続けた。

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