その6

 起動作業はドローン任せだったので、何の問題もなく進んでいった。ただその間、大きな問題ではないが、洗濯機が壊れるというハプニングがあった。いつもだったらドローンが修理に当たるのだが、現在はスパコンの起動作業を行っていたので、すぐには修理ができなった。着替えはあったので特には問題がなかったので、後日に修理する事となった。また、周囲には敵影はなく、今のところここは安全地帯だった。

 翌日の早朝、朝食前に起動作業が終了した事を受けて、ルコと遙華は再び施設内へと入った。

「どうやら空調は動いているようじゃな」

 遙華は中に入るなり、ホッとした表情になった。やはり、北国育ちなので暑さが苦手らしい。尤もこれからまだまだ暑くなるのだが、ルコはそれを遙華に伝えなかった。残酷な告知のように感じたからだ。まあ、日が経てば分かる事だった。

 二人は廊下を抜けてそのまま端末室へと入っていった。端末室は前日とは打って変わって照明が点いており、明るかった。

「マリー・ベル、起動に問題なかったのよね?」

 ルコは今一度確認した。

「はい、仰るとおりです」

 マリー・ベルの答えを聞いてルコはちょっと感動した。スパコン自体はもう100年以上動いていないはずだったが、それでも問題なく起動していた。やはり、前人類の技術は凄いと思っていた。

「ドローン達はどこに行ったの?」

 ルコは辺りを見回しながらドローンの姿がなかったので気になって聞いてみた。

「現在、別室でネットワークの構築作業中です」

「そう」

 ルコはそう言うと、コンソールの前の椅子に腰掛けた。

 遙華はルコが座ったのを見て、隣の椅子に腰掛けた。

 椅子に腰掛けたルコは持ってきた記憶メディアをキーボードの手前にある挿入口に差し込んだ。

「マリー・ベル、作業手順を送ってくれる」

 ルコがそう言うと、マリー・ベルが作業手順を送ってきた。ルコはそれをホログラフィーに映していた。

 作業手順はキーボードからのコマンド入力で、ルコの世界の21世紀初頭のルコの世界でも科学技術計算では一般に行われている事だが、ルコにとっては初めての事だった。

 ルコは意味不明な呪文を唱えるように、キーボードでコマンドを打ち込んでいった。

 その様子を遙華は興味深げに見詰めていた。

「よし、これで計算開始!」

 ルコはそう言って、エンターキーを押したが、エラーが出て動かなかった。

「どうしたのじゃ?」

 ルコの様子がおかしかったので遙華が心配になって聞いてきた。

「なんか、動かない。計算機が壊れているのかも……」

 ルコはどんよりした表情で力なく答えた。

「ルコ様、コマンド入力が間違っています。ここにスペースを入れて、もう一度入力して下さい」

 どんよりしたルコに対してマリー・ベルがそう指摘した。

「え?あ?はい?」

 ルコは指摘に慌てて再度コマンド入力をし直してエンターキーを押した。

 すると、今度は何やら数字が一斉に表示されていった。どうやら動いたようだった。

 ルコはその様子を見て大きな溜息をついた。

「良かった……」

 ルコは安堵の表情を浮かべた。

「大丈夫だったのじゃな?」

 遙華は数字が次々に表示されていくのを目で追っていたが、やがて諦めた。頭がぐるぐるしてきたからだ。

 計算は一分も経たずに終わり、再びコマンド待機状態に戻っていた。

「成功したのよね」

 ルコは画面に出ているチェック終了の文字を読み取りながらそう言った。

「はい、問題ございませんでした。続いて、木下きのしたおぎ理論による皆様の世界の座標計算を行いますか?」

 マリー・ベルはルコにそう聞いてきた。

「そうね。そのために来たのだからそうするわ。また、作業手順を送ってくれる」

「はい、承りました」

 マリー・ベルから送られた来た作業手順を見ながらルコは今度は慎重にコマンド入力をしていた。

「何で先程確認計算とやらをしたのじゃ?」

 遙華はルコの作業を見ながらそう聞いていた。

「そうね……」

と言うと、ルコは一旦コマンド入力をしている手を止めて考えてから、

「たぶん、寝を起きの人がちゃんと頭が働いているかを確認する時と同じ事じゃないかしら」

と言った。

「ちゃんと頭が働いているかの確認という事じゃな。成る程なのじゃ」

 遙華は満面の笑みを浮かべて納得した。

 それを見て、ルコも笑顔になりコマンド入力を続けた。今度は先程より手順も多く、コマンドそのものも長かったが、ミスなく入力でき、計算が開始された。

 ルコと遙華は一分近くぼーっと数字が次々に表示される様子を見ていたが、計算がそこで終わりになる事はなかった。

「このまま放っておけばいいのよね?」

 ルコは自信なさげにそう聞いていた。

「はい、仰るとおりです。後は計算結果待ちです」

 マリー・ベルからは期待した答えが返ってきた。

 だが、こういう事に経験がないルコは少し不安だったのでしばらく画面を眺めていたが、やがてすっと立ち上がって、

「遙華、戻りましょうか」

と言った。

 遙華の方もうまくいっているのかよく分からなかったので不安だったが、ルコに促されて戻る事にした。

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