その5

 その後、また一週間が過ぎた。瑠璃はようやく骨折完治し、歩ける状態へとなっていた。骨折の完治としては早いと思われるがこの世界の医療技術によるものだった。瑠璃は早速辺りを歩き回り、自分の足の具合を確かめ始めた。

 自分達の世界への帰還方法は依然不明というより玲奈のまとめたものもあまりよく分からなかったので、ルコは本当にそんな方法が見つかるのかという疑念を抱いたままだった。それはこの一週間、玲奈が相変わらず忙しく、面談の機会がなかった事も一因だった。

 ルコと遙華は今日も研究所の一室にいてあーだこーだと話していた。

「ルコ、結局確認されている理論はないという事考えてよいのじゃろうか?」

 遙華は分からないなりにそう結論を出した。

 それを聞いたルコはたぶん自分より遙華の方が理解していると感じていた。

「それでいいと思うわ」

 ルコは短くそう答えた。

「それでじゃな、理論の中身自体はよく分からんのじゃが、それをすっ飛ばして最後の結論を見ると色々な数式に辿り着くと考えてもいいのじゃろうか?」

 遙華は分からないと言いながら物の本質を突いていた。この辺は年の功と物作りの経験の裏付けによるものだろう。

 ルコは遙華の学習能力の高さに驚きを隠せなかった。

「遙華さんはなかなか理解が早いようですね」

 ふいにそう声がして玲奈が二人の前に現れた。玲奈はいつも監視しているかのようにタイミングが良かった。そして、

「失礼、声が聞こえましたので、つい」

と続けた。

「良い所に来てくれたのじゃ。ルコとも話したのじゃが、結局どの理論が優れているのかが分からないのじゃ」

 遙華は単刀直入に自分の意見を述べた。

 その言葉を聞いた玲奈はちょっと苦笑してから、

「それは私にも分かりません」

と素直に答えた。

 ルコと遙華は玲奈言葉は聞いてやっぱりという顔をした。

「比較的まとまっているのが、阿部あべ理論でしょうが数式化が成されていない点を考えると現象の解釈はしやすいかもしれませんが、実用性には欠けると思われます」

 玲奈はちょっと生き生きとした表情になっていた。

 遙華はうんうんと頷きながら聞いていた。

 二人の様子を見ていたルコは何故か疎外感を覚えてしまった。

「現在、転移点出現の予測法として用いられている理論は二つあります。一つは東野とうの山笠やまがさ理論と呼ばれているものですが、これは白転移点の予測では100%近い的中率ですが、黒転移点の方はあまり精度よく予測はできません」

 玲奈はもう止まらないと言った感じで話していたが、

「ちょっと待て下さい。白と黒って何ですか?」

とルコが慌てて聞いた。隣で遙華も同じ事を聞きたがったのか頷いていた。

「あれ?ご存知なかったですか?白は出口で、黒は入口と言われています」

 玲奈は意外そうな顔をした。

「ああ、確かに黒に入って白から出た記憶があるのじゃ」

 遙華は得心したように言った。

 しかし、ルコはちょっと首を傾げてから、

「そうだった気もするのですが、その辺の記憶が曖昧で……」

と言って言葉を濁した。

 それを聞いた玲奈はもの凄くびっくりした顔をしてから、

「ルコさんもですか?実は私もなのです」

と思わぬ言葉が発せられた。

 ルコの方ももの凄くびっくりした顔になって、ルコと玲奈は顔をしばらく見合わせて、お互い次の言葉を口にしようとした時、玲奈にインカムを通じて呼び出しが掛かった。

「分かった、すぐに行く」

 玲奈は短くそう答えると、二人の方に向き直って、

「すみません。また、急用が入ってしまいましたので行かなくてはなりません。本当は今度こそきちんとお話しをしたかったのですが、残念です」

と言って本当に残念そうな顔をした。

「いえ、お忙しいところ、ありがとうございました」

 ルコが帰る玲奈の後ろ姿にお礼を言った時、玲奈は一旦立ち止まって、

「明日の昼に時間を下さいませんか?」

と二人に振り返って聞いてきた。

「構いませんが」

 ルコはそう答えた。

「それでは明日の昼に私の部屋においで下さい。明日こそは敵が攻め込んで来ない限り全ての話をしたいと思います」

 玲奈は何故か気合いが入っているようだった。そして、再び帰り始めた。

 そんな姿をルコと遙華はじっと見送った。ただなんとなく劇的な変化の予感を感じざるを得なかった。

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