その6

 翌日の昼にルコ達四人は全員で玲奈の部屋を訪れていた。四人は部屋に通されると、低いテーブルを挟んで二人ずつソファに腰掛けていた。

「ルコさん達が来たので、話が終わるまで、敵襲以外では呼び出さないように」

 玲奈は執務デスクでそう言うと、立ち上がってルコ達の方へと歩み寄よりながら、

「瑠璃さん、ご快復なされたのですね、よかった」

と言って、誕生日席に位置するソファに腰掛けた。

「ありがとうございます。玲奈様以下、皆様のおかげで無事完治しました」

 瑠璃はいつものおっとりとした優雅な口調でそう返礼した。

 玲奈はその返礼にニッコリと頷くと、

「さてと、この前はどこまで話しましたか?」

とすぐに本題に入った。

「白黒の転移点の話までは聞いたのじゃ」

 遙華は待ち切れないのかウズウズしていた。

「そうでしたね。黒転移点の予測はは東野とうの三宮さんのみや理論の精度が高いとされております。確かに白転移点と比べて精度は低いですか、的中率は93%となっています。転移点の出現予測は白と黒では違う予測理論が使われております」

 玲奈は前の説明の続きをした。

「理論うんぬんは吾はよく分からないのじゃが、実体験としては黒が入り口で白が出口だと言う事は分かるのじゃ」

 遙華は玲奈の説明を聞いた後にそう言った。

 遙華の言葉に瑠璃と恵那はその通りとばかりに頷いていたが、ルコは記憶が曖昧なため、ちょっと浮かない顔をしていた。

「でも、入り口の黒に飛び込めば、自分の世界に帰れるって訳じゃないんでしょ?」

 恵那がそう聞いてきた。

「そうですね。どこか別の世界に行ける事は確かだと思われますが、それが必ずしも元の自分の世界とは限らないと思います」

 玲奈は恵那の質問にそう答えた。

「まるでサイコロを振るような感じね」

「おう、そうなんじゃよ。ルコに聞いたのじゃが、なんか全ての理論に確率論とかいうサイクロを降って出た目で結果が変わるような理論が組み込まれているようじゃが、それでは一回やるごとに結果が違って出てくるのではないのじゃろうか?」

 遙華は恵那のサイコロに飛び付き、自分の疑問点を質問した。

「随分と難しい質問をなさるのですね」

 玲奈は感心したようにそう言うと、

「実はこれらの理論を計算する上では、もっと精度良く解く方法があるらしいのですが、計算時間が長くなりすぎるために、このような方法をとっているらしいです。ただ理論の解釈としてはよく行われる方法ですね」

と説明した。

「長くなると言うと、どのくらいなのじゃ?」

「この世界にある最も速いコンピュータ、つまり、計算機で1億年たっても終わらないそうです」

 玲奈の言葉を聞いて、四人は愕然とした。

「でも、サイコロを振るようなあやふやな事でちゃんと自分の世界に戻る事ができるの?幾ら速くても結果がそれではダメなんじゃない?」

 恵那が素朴な質問をしてきた。

「ああ、それなら大丈夫ですよ。これらの理論は我々が一生掛かっても数え切れないほどの試行回数による結果であって、一回の試行回数による結果ではありませんから」

 玲奈が式の意味をそう説明した。

「つまり、どういうこと?」

「一回の試行だと結果はまちまちですが、試行回数が膨大なので最後には結局同じ結果になるという考えなのです」

「成る程なのじゃ!」

 こう声を上げたのは遙華だった。

 他の三人はいまいち分かっていないという表情だった。とは言え、これ以上は質問する気にはならなかった。

 しばらく沈黙が続いた後、ルコは気を取り直して、

「白黒の転移点の予測は確立されているのは分かったのですが、問題はそこからですね。玲奈さんから渡された資料にはこの世界から元の自分の世界に帰るための理論が確立されていないと書いてありますしね」

と話を進めた。

木下きのしたおぎ理論は結果の検証ができないために証明ができないので確立されたとは言えないものです。ただ、理論としては正しいのではないかという意見も多いものです」

 玲奈がルコの言った事に対してそう説明を付け加えた。

「その理論が正しいと仮定して、帰れそうな黒が現れたら飛び込むという事じゃな」

 遙華はちょっと考え込むように腕組みをしながら言った。

「それってただの博打って事?」

 恵那は驚いた顔をしてそう言った。こういうところは察しがいい娘であった。

「最後はそうなりますが、勝つ確率を上げるために、事前に理論によって計算する必要があります」

 玲奈は微笑みながらそう言った。

「ならば、早速計算するのじゃ!」

 遙華はテーブルを両手で叩きながら立ち上がった。

「待って、待って」

 ルコは遙華に対してなだめるように言ってから、

「そう簡単に計算ができるって訳じゃないのよ」

と続けて言った。

「そうなんじゃ……」

 遙華はがっかりして力が抜けてたようにソファにぺたんと座った。

「高速計算機はこの都市にもあるのですが、まともに計算すると1000日掛かるそうです」

 玲奈の言葉にルコ達四人は愕然とした。たが、玲奈は、

「ただ、この世界にはこの都市より1000倍速い超高速計算機が存在します」

と続けた。

「それはどこにあるのじゃ?」

 遙華は玲奈に詰め入るように聞いた。

「南にある中島なかのしまに都市次葉つぎばに前人類が作った最後の超高速計算機があります」

「すぐ行くのじゃ!」

 遙華は玲奈の言葉にすぐに反応して立ち上がった。

「どうどう。落ち着いて」

 ルコは遙華にそう言ってから、

「南にある島と言いましたが、距離はどのくらいあるのですか?」

と玲奈に聞いた。

「ここから南に直線で約800kmです」

 玲奈にそう言われて、ルコは玲奈が自分達に依頼したい内容が分かった気がした。

「随分と遠いのじゃな」

 遙華はその距離に懸念を示した。そして、現実に引き戻されたように再び座った。

「距離より行く方法が問題なんじゃないの?違う島に渡るんでしょ?」

 恵那はあっさりとした口調で一番の問題を指摘した。

「そうじゃな、その通りじゃ」

 遙華は恵那の指摘にびっくりしていた。

「船を使うんでしょうけど、港があった織内おるない知羽しりぱにあった船は全て使えそうになかったけど」

 恵那は思い出しながらそう言った。

「海路を使うのではなく、空路を使ってもらいます」

 玲奈は恵那の疑問にそう答えた。

「くうろ?」

 遙華と恵那は怪訝そうな顔をしてハモるように言った。

「空を飛んで行くという事よ」

 ルコには空路が出てくるのはまあ大体の想像はしていたので、全く驚かずに二人に説明した。ただ、ルコと玲奈以外の三人は何を言っているのかを全く理解できないという顔をして、黙ってルコを見詰めていた。

「だから、空をこんな風に飛んでいくって事よ」

 ルコは手で放物線を描くような素振りをしながら言った。

「冗談でしょ?」

 恵那がルコの素振りを見てようやく口を開いたが、ポカンとした表情だった。

 ルコはニコリとしてから、首をゆっくりと横に振った。そして、

「玲奈さん、飛行機とかの用意はあるのですか?」

と話を進めるために、ポカンとしている三人を置き去りにして聞いた。

「南東方向に、直線で約34kmのところに飛行場があります」

 玲奈はルコの質問にそう答えた。

「飛行機は車が搭載できるものなのですか?」

「はい。搭載できる飛行機があります」

 ルコは玲奈の一連の答えに考え込むように押し黙った。準備が完璧で玲奈に嵌められた気になっていたからだ。

「ちょっと待つのじゃ」

 自分達をよそに話を進めていくルコと玲奈に抗議するように遙華が口を開いてから、

「飛ぶって、崖から飛び降りるとかじゃ、ないんじゃろ?」

と焦った顔をしてルコに聞いてきた。

「違うわよ」

 ルコはあっさりと否定したが、当然遙華との会話は上の空で、飛んでいくという結論を出す前に色々と考える必要性を感じていた。

「どうやって飛ぶんじゃ?そのひこうきとやらは?」

 遙華はますます焦りの度合いを増していった。

「うーん……」

 ルコは唸るようにそう言ってから、しばらく沈黙して、

「飛んでみれば分かるわよ」

とあっさりと言った。しかも、沈黙の間は玲奈への確認項目を確認していた。

「ルコぉ……」

 遙華は泣きそうになっていた。

「大丈夫よ。私の世界でも毎日飛行機がビュンビュン飛んでいたから」

 ルコは泣きそうな遙華にそう言ってから、

「それより、飛ぶ前に確認する事があるわよ」

と話題を大きく変える事を宣言した。そして、

「その最速のコンピュータですけど、ネットを通じて操作はできないのですね?」

と玲奈に確認するように聞いた。

「ええ。ご想像通り、できていたらもうやっています。そのコンピュータはスタンドアロンで動くはずです」

 玲奈はルコにそう答えた。ルコと玲奈以外の三人はまた変な言葉で会話しているという感じで見守っていた。

「動くはずという事は?」

「はい。現在、稼働しておらず、休止状態です」

「休止状態から稼働させるのはやはり現地に行くほかないのですか?」

「はい」

「コンピュータはちゃんと動くのでしょうか?」

「100%の保証はありませんが、毀損したという情報はありませんでの、おそらくはきちんと動くと思われます」

 ルコは一連のやり取りをそこで一旦止めて、考え込んだ。

 見守っていた三人の表情は一連のやり取りを聞いていて不安なものから真剣なものへと変わっていった。そして、状況の推移を注意深く見守っていた。

「コンピュータの周辺状況は?」

「はい、ルコさんの予想通り、完全に猪人間達の勢力下にあります」

 玲奈のこの言葉に、ルコが慎重に確認している意図が注意深く見守っていた三人には分かったようだった。

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