その2

 場の雰囲気が前向きに変わったちょうどその時、

「皆様、玲奈様がお越しです」

とマリー・ベルがそう報告してきた。マリー・ベルがインストールされている車自体は修理工場で修理中だが、インカムを通じてルコ達の手助けをしていた。

「お通ししてくれる」

 ルコはマリー・ベルにそう答えた。ちょうどいいタイミングだと思った。

 玄関のドアが開く音がし、人が入ってくる気配がした。そして、リビングを通り抜け、瑠璃の部屋に玲奈が一人で入ってきた。

「すみません、お見舞いが遅れてしまって」

 玲奈は部屋に入るなり頭を下げて謝罪した。

「いえ。わざわざお越し下さり、恐縮でございます。どうぞお掛け下さいませ」

 瑠璃はすぐに玲奈の謝罪に返答し、空いている椅子に座るように右手で勧めた。この辺の所作はさすがにお姫様らしく優雅で気品があった。他の三人はその所作にちょっと見とれていた。

「ありがとうございます」

 玲奈は堂々とした感じで椅子に腰掛けると、

「お加減はいかがですか?」

とすぐに瑠璃の容体を聞いてきた。

「全治までは約2週間ですけど、適切な治療と清潔な部屋を提供していただき、今は何の問題もありませんわ。ご厚意、お礼申し上げます」

 瑠璃はいつものおっとりした口調に加え、更にお姫様らしく優雅さが加わっていた。他の三人は何だか口出せない雰囲気を感じていた。

「それはよろしいございました。ただこんな目に合わせてしまい、本当に申し訳ない事と思っています。申し訳ございません」

 玲奈は再び謝罪の言葉を口にして頭を下げた。玲奈の人柄が見て取れる行為だった。

「頭をお上げ下さいませ。今回の事はこちらとしても承知の上で行った事ですわ。それで、たまたま妾が怪我しただけの事ですので、謝罪には及びません」

 瑠璃は相変わらずの口調でにこやかにそう言った。

「しかし、それでは……」

 玲奈は尚も続けようとしたが、瑠璃が、

「それよりもです」

と言って玲奈の言葉を遮った。その様子を見て、他の三人は玲奈の言葉を遮ったぞと感動していた。三人にとっては瑠璃と玲奈のやりとりは別の世界で起こっている出来事のようだった。

「他に怪我なされた方や拉致された方達、お一人ずつにこうしてご挨拶なさっているのですか?」

 瑠璃は玲奈の謝罪から話題をがらりと変えた。

「総責任者として、当然の事をしているまでです」

 玲奈はきっぱりとそう言った。

「そうですわね」

 瑠璃はそう頷くと、

「他の方の容体はどうなのでしょうか?」

と質問をした。

「大怪我をした人も大勢いますが、命に関わる怪我を負った人はいませんでした」

 玲奈は神妙な面持ちでそう言った。

「拉致された方達はどうなのでしょうか?」

 瑠璃が聞いた拉致された人達は猪人間の村で囚われていた異世界人達の事であった。

「それは……」

 玲奈はそう言ってから少し言葉に詰まったようだった。そして、

「それは酷いものでした。抜け殻のようになった者や精神を病んでしまった者ばかりで廃人同然となった者が多いのが現状です。家畜のように扱われたのですから当然の結果なのでしょうが、同じ人間としてはやるせない気持ちです」

と暗く沈んだ表情で答えた。

「そうでしたか」

 瑠璃は暗い表情で短くそう言った。

 ルコ達四人は例外なく都市仲区ちゅくでの出来事を思い出していた。恐らく仲区ちゅくで出会った寛菜達の何人かは確実に拉致されて同じ目に合わされているだろう事を思い出していた。そして、それを見捨てた後ろめたさも同時に思い出していた。

「猪人間達にとっては自分達を繁栄させる行為かもしれませんが、我々にとってはとても残忍な行為です」

 玲奈は溜息交じりにそう言った。

 金杉レポートにも記述があったとおり、確かに猪人間達にとって、前人類や異世界人達を取り込む事はより強い子孫を残すのには最適な方法らしかったが、その対象となるのはあまり愉快な話ではなかった。そんな話の展開になってしまったので、五人の間には重く苦しい雰囲気が漂ってしまった。

「あ、すみません、こんな話をしに来たのではありませんでした」

 玲奈は思わぬ方向へと話が進んでしまったので、話の方向性を修正するために一旦そう前置きをしてから更に一呼吸置いて、

「お見舞いの他に、実は一つ確認したい事がありまして」

と言って、玲奈はルコの方に向き直った。

 玲奈の視線がルコの方を見たので、それまで黙っていたルコはちょっと緊張して座り直した。

「ルコさん達は何故こちらに来られたのでしょうか?金杉レポートと関係しているのでしょうか?」

 玲奈はそう聞いてきた。

「関係なくはないのでしょうが、実はあれは私達が欲しい情報を探している過程で偶然見つけたものに過ぎないのです」

 ルコは何とも表現しがたい気持ちでそう答えた。

「欲しい情報とは何ですか?」

 玲奈は単刀直入に聞いてきた。

 ルコは玲奈の質問に答えるのを一瞬躊躇ったが、他の三人の視線がルコに集中しているのを感じると、

「実は、元いた自分達の世界に帰る方法を探しているのです」

と意を決したように言った。そして、玲奈がどういう反応をするのかを注視した。

 玲奈はルコの言葉を聞いてしばらく固まっていたが、

「それは素晴らしい事ですね」

と満面の笑みを浮かべて言った。

 予想に反した玲奈の反応にルコ達四人はかなりびっくりした。呆れられるかもしれないし、すぐにそんな方法はないと否定されるかもしれないと感じていたからだ。

「なるほど、それでこの北島きたのしまを行ったり来たりしていたのですね」

 玲奈はルコ達四人をよそに納得したように言った。

 ルコは、それはただ猪人間達に追い回された結果だったと言おうとしたが、玲奈はそれを言う隙を与えずに、

「それなら私も少しはお役に立てるかもしれない」

と意外な言葉を続けて言った。

「はい?」

 思わぬ言葉に今度はルコ達が固まった。

「今すぐにはこの話をする時間は取れませんが、近いうちに必ず話をしましょう」

 固まっているルコ達をよそに玲奈は話を進めていた。そして、立ち上がり、

「申し訳ないが、拉致された方達のお見舞いをしなくてはなりませんので、失礼かと思いますが、これにてお暇させていただきます」

と言って一礼した。

「いえ、こちらこそお見舞いありがとうございました」

 瑠璃は玲奈に対してそう答えた。

「それでは」

 玲奈はそう言うと踵を返して部屋を出て行こうとしたが、一旦立ち止まってルコの方を振り返って、

「滞在中はこの都市の研究所を自由に使って下さい。有益な情報が得られるかもしれません」

と言うと、そのまま部屋を出て行った。

「ありがとうございます」

 ルコは慌てて玲奈の後ろ姿にそう礼を言った。

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