その7

 翌朝は昨日の敵の不可解な行動を考えすぎていたルコは重々しい感じで目が覚め、作業区画で瑠璃と恵那と朝食が終わったところだった。朝食中、明らかに考え込んでいるルコを見て、瑠璃と恵那も気分爽快とは程遠い朝を過ごしていた。そんな中、朝の検査を終えた遙華がひょっこりと作業区画に入ってきた。

「遙華、もういいの?」

 最初に声を掛けたのは恵那だった。

「とりあえず、今日から復帰なのじゃ」

 遙華はニッコリと笑ってそう言うと、ちゃぶ台の開いている所に腰掛けた。

「遙華様、復帰と言っても日常生活だけです。戦闘には参加できませんのでくれぐれもご注意なさってください」

 マリー・ベルが珍しく口を挟んできた。

「分かっていると言ったじゃろ」

 遙華が忌々しそうにそう言った。

 そんな様子を見て、ベットの上でも念を押された事が他の三人にも容易に想像ができた。ただ一連のやり取りで重かった空気が好転した。

「で、これからどうするのじゃ?」

 遙華は興味深そうな目でルコを見た。

 瑠璃と恵那もルコの方を見た。

「そうね。とりあえず、ここを離れたほうがいいと思うの」

 ルコは本当にとりあえずそう言った。次の襲撃はいつか分からないが確実にあるのは確かだったし、人数も増やしてくるのは明白だった。ただ、もう一つ明らかなのは戦闘状態になったら怪我明けの遙華がダメといっても絶対に参戦してくると思われるので、それも避けなくてはならなかった。というより、遙華の参戦を避ける事が第一の目的になっていた。

「ここで、奴らを迎え撃つのじゃないのじゃな」

 遙華はちょっと残念そうに言った。

「次も人数が増えていたら三人では対応ができないと思うの」

 ルコは遙華にそう答えた。

「吾がいるじゃろ!」

「遙華の参戦は厳禁です。だから、ここから逃げます」

 ルコは丁寧語だったが、反論を許さない口調で言った。遙華を参戦させない措置で方針が固まりつつあった。

「では、どこに逃げるのですか?」

 瑠璃は単刀直入に聞いてきた。

抜井ぬいに戻ろうと思うの」

 ルコはちゃぶ台に表示された地図を指差しながら言った。

 都市抜井ぬいはこの都市折卦おれけから直線で北西87kmの位置にあった。

「この都市、位友いゆうはダメなんじゃろうか?」

 遙華は東にある都市位友いゆうを指差しながら言った。

 都市位友いゆうは都市折卦おれけから直線で東に100kmの位置にあった。

「その都市は、都市機能が麻痺していて改善の見込みが望めないそうよ」

 ルコは遙華の質問にそう答えた。端から都市位友いゆうへ行く選択を持っていなかった。

「それなら、ここで一時休憩してから別斗べつとに向かうのはどうじゃろう?都市機能は回復しているのじゃろ?」

 遙華はそう提案してきた。

「都市別斗べつとの都市機能は回復しております」

 マリー・ベルは遙華にそう答えた。

「それは上々じゃな。別斗べつとに移れれば、研究所がある幌豊ほろとよに行くのにも用意になるじゃろうからこの案が一番いいと思うのじゃ」

 遙華は意気揚々にそう言った。

「研究所……」

 ルコはそう呟くように言って言葉を濁した。表情も曇りがちになった。

「どうしたのじゃ?」

 遙華はルコの反応に驚いていた。

知羽しりぱの研究所で得た情報は見たわね?」

「ああ、見たのじゃ」

「ほとんど有益な情報を得られなかったと思うのよ」

「じゃから?」

 遙華はルコの反応に驚いていた。

「だから、次の研究所に行っても無駄じゃないかと思い始めたのよ」

「なんじゃ、そんな事!」

 遙華は笑い飛ばすようにそう言った。そして、

「知りたい情報が確実に得られるとは限らんのじゃ。じゃからと言って、こちらから情報を得ようとしないと何も分からんのじゃ」

と今度は諭すように続けた。

「それもそうね。行ってみて確かめてみないと何も始まらないよね」

 恵那は遙華の意見に賛同した。

「それにじゃ、今回何も情報が得られなかった訳ではないのじゃ。少なくとも猪人間の起源については何となく分かったのじゃ」

 遙華は更に言葉を続けた。

「それはそうなんだけど、その情報は役に立つとは思えないのよ」

 ルコはずうっと沈んだままだった。

「それはそうなのじゃが、いつか役に立つかもしれんのじゃ。次の情報が入った時につながるかも知れないのじゃ。じゃから、探求を止めてはいけないのじゃ」

 遙華の熱弁は続いた。

「確かにそうかも知れませんね。知識が増えれば増えるほど、今後に役に立つかも知れませんわね」

 瑠璃も遙華の言葉に納得がいったようだった。

 今まで研究所に行く事を一番消極的だった瑠璃がそう言ったのを受け、ルコはしばらく考え込んだ。だが、三人の視線を一心浴びていて、積極的にこの状況を覆すだけの根拠も持っていなかったため、

「分かったわ。遙華の案に沿って行動しましょう」

と決断を下した。

 それを聞いて三人は一様にホッとした表情を浮かべた。

「とは言え、問題となるのが幌豊ほろとよに入る方法よね」

 ルコの頭は既に切り替わっており、その先の事を考え始めていた。ルコが研究所に向かう決断を最初下さなかったのはこの方法に悩みそうだと予見したせいも多少あった。

「都市幌豊ほろとよの周辺状況に変化が見られます」

 マリー・ベルは突然口を挟んできた。

「どういう事?」

 ルコは何だか嫌な予感がした。ただ、その予感は自分達が不利になるという類のものではなかった。

「周辺の猪人間の村がいくつか消滅したと推察されます」

「どういう事じゃ?」

 遙華はいち早くマリー・ベルの言葉に反応して驚いていた。声には出さなかったが、瑠璃と恵那も同様に驚きの表情をしていた。

 しかし、ルコはマリー・ベルに対しての予感が当たってしまったので、頭を抱えた。正直、そういう事は早く言いなさいと言いたかったが、例のように例のごとく、AIなので聞かれるまで答えはしない。ただ、今回は話題に上った時点で指摘してきたのでよしとするべきかも知れなかった。

幌豊ほろとよの周辺地図を拡大してくれる」

 ルコは今思った事をすべて忘れて、溜息混じりにそう指示した。

「はい、承りました」

 マリー・ベルがそう言うと、都市幌豊ほろとよ付近が拡大され、村があったが消滅した箇所にバツ印が付けられた地図が表示された。

 ルコはこの地図を見て、都市幌豊ほろとよに入る事が去年より遥かに楽になっている事を知った。

「ああ、もう!今すぐ出発しましょう」

 ルコはそう決断すると、さっきまで悩んでいた事が急にバカバカしくなってしまった。

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