15.北門

その1

 城塞都市仲区ちゅくは三方を川に囲まれていた。南北に2つの川が合流する地点があり、その川が仲区ちゅくの外縁を通り、西側でその2つの川が合流した。合流した川は都市別斗べつとと都市空別からべつの方へと流れていた。その川沿いに高さ30m程度の城壁が作られ、東側で城壁が閉じられている格好になっていた。

 周辺の猪人間の村の数は意外に多く5つあり、識別のために、東方向から反時計回りに26から30の番号を与えた。

 ルコ達四人は城塞都市仲区ちゅくに来たから1ヶ月あまりが過ぎていたが、寒さと雪のためか、猪人間と戦う機会は全く無かった。したがって、ルコ達は訓練以外の時間をゆったりと過ごす事が出来た。ただし、訓練に恵那を引っ張り出すのは骨が折れたのだが。

 その日は前日大量の降雪とは打って変わって、朝から晴天だったのだが、今冬の一番寒い日でもあった。朝からかなり冷え込み、大気中の水が凍るダイヤモンドダスト現象が起きた。キラキラ光る光景は幻想的だった。

 そんな寒い朝の中、四人は訓練を終えて、リビングで寛いでいた。

「なんか、ちょっと意外よね」

 恵那はソファーの上でだらけながら退屈していた。

「何がじゃ?」

 長テーブルの長い方を挟んで向かいのソファーで同じくだらけていた遙華が聞いた。

「なんか、こう、もっと部隊間の交流と言うか、そういう物があってもいいような気がするんだけど」

 恵那はそう答えた。

「そうなんだけどね」

 ルコは恵那と遙華の斜め横にある長ソファーに座っていた。二人の言葉に苦笑した。

 ささやかな新年パーティを除けば、仲区ちゅくにいる異世界人達が集まる事はなく、グループ間の交流はなかった。

「一つ一つ部隊が独立している感じがありますね」

 隣には恵那と遙華がだらけているのとは打って変わって気品を保って座っている瑠璃がそう言った。

「ただ、仲が悪いというわけではなさそうだし。その辺は寛菜さんがうまくやっているのかもね」

 ルコは取り繕うようにそう言ったが、どこか不安を感じていた。

 今まで接してきた感じでは、個別の存在としてグループの存在が強いのは確かだが、グループ間で対立しているという事は表面上無く、それぞれの仕事を全うしており、グループ間の約束事が全てのような感じだった。

「そうなのかもしれませんが、やはり懸念されるべきは部隊間の連携ですわね」

 瑠璃はおっとりした口調だったが、ルコの不安を言葉に変換したようだった。戦の経験がある瑠璃は的確な指摘が可能だった。

「確かに瑠璃の言うとおりじゃな。まだ実際の戦闘が行われていた訳じゃないのじゃから何とも言えないのじゃが……。心配は心配じゃな」

 遙華はだらけるのを止めて真剣に会話に入ってきた。

「でも、そればかりは実際に戦闘が起こってもらわないと確かめようがないんじゃないの?」

 恵那はまだだらけていたが、的確な物言いだった。しかし、身も蓋もないとも言えた。

「マリー・ベル、ここでの過去の戦闘状況は分かる?」

 恵那に言われて気付いたルコはマリー・ベルにそう聞いた。

「都市仲区ちゅくおよびその周辺での戦闘は沢山ありますが、どのような条件で絞りますか?」

 マリー・ベルにこう言われてルコは苦笑した。きっと記録のあるもの全ての中から検索しろと言っているのだろうと。

「えっと、寛菜さんが関わっている戦闘はどのくらいある?」

「寛菜氏が関わっている戦闘は約2年間で、21件あります」

「特徴とかは?」

「全て城壁上からの射撃による戦闘です。戦闘は猪人間の撤退で全て終了しています」

「数は?攻めてくる村は?」

「数はいずれも数十体の斥候部隊と思われます。5つすべての村から満遍なく偵察行動に出ている模様です」

「斥候部隊は毎日来ていると思うけど、戦闘した数は少ないわね」

「はい、仰る通りです。城壁より50m前後の距離で戦闘が起きていますが、それ以上近付いてこない場合は放置していると推定されます」

「部隊間の連携は?」

「戦闘指揮は寛菜氏が常に取っておられます。敵が多数ではないので、当初は当番の部隊が対応し、その後、中央にいる部隊と門を守備する部隊が合流して対応している模様です」

 元々いた都市内の10グループは5つに分けられており、東西南北に2つずつのグループを配し、寛奈ともう一つが都市の中央に配しており、中央はいつでも東西南北を援護する形をしていた。新たに加わったルコ達は北の警備に回されていた。東西南は村1つに対して、北には2つの村が存在しているので、北の戦力増強を目的としたものだった。

 マリー・ベルは先程の報告に続いて、

「ただ連携という点を評価するのは難しいと推察されます」

と最後に重要な事を答えた。

 ルコはここで質問を止めて腕組みをして考え込んでしまった。もしかしたら予想以上にまずい事態なのかもしれないと思うのと同時にもっと早く調べないといけない事だったという後悔が湧いてきた。この1ヶ月グループ間の微妙な距離感ばかり気にして行動していたのが悔やまれた。

 瑠璃と遙華も深刻そうな顔をしていた。

 場の雰囲気が重くなり少しの間沈黙した。

「やっぱり、これって、まずい状況かもしれないわね」

 だらけていたがしっかり話を聞いていた恵那が沈黙を破るようにそう言った。そして、

「連携がないと言っているのと同じだし、もっと大勢の敵が攻めてきたら対応ができるとは思えないわね」

とまた身も蓋もないが的確な事を口にした。

「恵那、主はいつもおかしな事をしているのじゃが、戦略眼は持っているのじゃな」

 遙華は呆れたような感心したような顔をしていたが、たぶん褒めていていた。

「何よその言い方!」

 恵那はそう言いいながらちゃんとソファーに座り直した。

「まあまあ」

 ルコは苦笑いしながら二人を両手で制した。そして、

「二人も恵那の言ったとおりの認識よね?」

と話を進めようとした。じゃれ合っている場合ではないからだ。

「はい、仰る通りです」

 瑠璃は真っ先にそう言って賛同してくれた。

「まあ、吾も概ねその通りじゃ……」

 遙華はちょっとバツの悪そうに言った。

 それを見た恵那はちょっと勝ち誇った顔になった。

「問題はこれからどうやったら今の状況が改善するのか、という事ね」

 ルコは遙華と恵那が言い合いになる前に話を進めた。二人の機先を制するやり方はとてもうまくなっていた。

「そうですわね。新参者の妾達がまともに言っても取り合ってもらえないでしょうし、どううまくやるかですわね」

 瑠璃はいつもルコに協力的だった。時には意見が食い違う事もあるが。

「どうしたものじゃろぉ……」

 遙華は考え込むように腕組みをした。

「こればっかりは時間が掛けて説得するしかないんじゃない」

 まただらけ始めた恵那が最後にそうまとめてしまった。

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