その2

 しばらく続いた平穏を打ち破るような出来事が、数日後の昼に起きた。北の方角に何やら動くものを都市の警報システムが捉えたのだった。異常を知らせる報が入ると、その日、北門の当番だったルコ達は直ちに北門近くの城壁の上へと行き、辺りを見回した。

「異変って、何?」

 ルコはマリー・ベルに聞いた。

「北10kmの地点に異変があるとしか報告を受けておりません」

「随分とのんびりした感じじゃな」

 遙華はちょっと信じられないという顔をしていた。

「確かにそうね」

 ルコは遙華の意見に同意した。瑠璃と恵那もルコの言葉に頷いていた。

 四人の間に言いしれぬ不安感みたいなものが漂い始めた。

「マリー・ベルの方で、分析できる?」

「はい、承りました」

「現在、北8km地点に装甲車1台とそれを追跡する猪人間達を確認しました」

「どう対応するのかしら?」

 ルコは未だにその後の指示がないのを不思議がった。

「援軍を出さないのじゃろうか?」

 遙華は訝しがっていた。

「単に推移を見守っているだけでは?」

 瑠璃はどちらかと言うと好意的な評価をした。

「寛奈さん、ルコです。城壁の上に到着。この後の指示を下さい」

 ルコはインカムで寛奈に呼び掛けた。

「結構早い対応ですね。今は事態を見守っていてください。今からそちらに向かいます」

 インカムから寛奈の声が聞こえてきた。

「援護に出なくていいのですか?」

「城壁の外には出ないでください。下手に出て付け込まれないとは限りませんから」

 寛奈はルコ達に自制を求めてきた。

「この状況で、見守れって……どういう事なのじゃ?」

 遙華はびっくりした表情になっていた。

「しかし、それでは追われている人達はどうなるのですか?」

 ルコは食い下がるように寛奈に言った。

「外の人達の心配は尤もですが、まずは城壁内の人達の事を考えてください。それが最優先事項です。それを踏まえた上でこちらで対策を講じます」

 寛奈はきっぱりとそう言った。言っている事は分かるのだが、納得は出来なかった。しかし、最高指揮者がそう言うのだから従うしかないのだが。

「しかし、追われている連中は大丈夫なのじゃろうか?」

 遙華は視線を追撃されている車に向けた。

「マリー・ベル、状況は?」

 ルコは再びマリー・ベルに聞いた。

「距離6km、猪人間は18体と確認しました」

「数は減っているの?」

「恐らく減っていないものと推定されます」

「それって、苦戦しているって事よね」

 恵那は寒さに震えながらそう言った。

「ルコ、このまま放っておいていいのじゃろうか?」

 遙華は当惑していた。

 ルコも当然当惑していたので、

「寛奈さん、本当に援護に出ないでよろしいのですか?」

と今度はせっつくように言った。

「援護するのには距離が遠すぎます。心苦しいのは分かりますが、ここはどうか耐えてください」

 寛奈はそう返してきた。

「しかし……」

 ルコはなおも食い下がろうとしたが、

「私達は全ての人を救う能力がありません。ですから危険は避けなくてはなりません。ですから今は見守るしかないのです」

とルコの言葉を遮るように寛奈はきっぱりとそう言い切った。

 ルコはそうきっぱり言われて言い返せなかった。言っている事は正しいのかもしれない。ただ目の前で追われている人を見殺しにしているようでなんとも嫌な気分になった。

 しばらくして寛奈たちが城壁に上がってきた。城壁に上がってきたグループは北門を担当するグループと寛奈たちの中央のグループだった。

「ルコさん、ありがとうございました。引き継ぎます」

 寛奈はそう言うとルコから指揮権を通じて引き継いだ。

 ルコ達はそう言われると今まで城門の縁から見ていたが、寛奈達の後ろに下がって見守る事にした。

「どう対応するのじゃろうか?」

 遙華は寛奈達の後ろに下がりながらそう言った。決してお手並み拝見という訳ではないが、それに近い感じだった。

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