その3

 ルコは倉庫に補給物資を押し込んでいたので、車両前部へ行くのが遅れた。

「距離1000、こちらにまっすぐ向かってきます」

 マリー・ベルはルコが車両前部区画に入ると同時にそう報告した。

 最初の報より5分以上が経過していた。敵は全力疾走で向かってくる様子はなかったので、時間が掛かっていた。

「やはり、昨日の放浪種なのじゃろうか?」

 遙華はそう聞いた。

「断定はできませんが、その可能性は高いと推察されます」

 マリー・ベルはそう答えた。

「でも、昨日より数が増えているよね?確か、残り16匹だった気がするんだけど」

 恵那は自信なさそうにそう言ったが、数は間違っていなかった。

「恐らく村18から加わったものと推察されます」

「うぁ、数が増える事もあるのね」

 恵那はマリー・ベルの言葉を聞いてとっても嫌そうな顔をした。

 ルコはそんな話を聞きながら前部右端の狹間に就いた。

「距離200で射撃開始!」

 瑠璃は全員揃った所でそう言った。

 しかし、ルコは銃を構えながら何やら違和感を感じていた。

「なかなか近付いてこないのじゃ」

 遙華が怪訝そうな顔をしてそう言った。

 遙華の言う通り、敵がなかなか近付いて来ず、攻撃への積極性を全く欠いていた。こちらを警戒している様子もなかった。そして、距離500手前で完全に止まった。そして、しばらく緊張感のない睨み合いが続いた。

 この猪人間達の行動がルコの違和感の正体だった。

「どういう事なのじゃ?」

 遙華は困惑していった。

「この状況はこちらが圧倒的に有利ですので、下手に攻めてこないのでは?」

 瑠璃は現状をそう把握していた。

「でも、いつもなら、こう、うぁって攻めてくるけど、どうして?」

 恵那は素朴な疑問をぶつけてきた。

「恐らく統率しているものの力量の違いでしょうね」

 瑠璃は考え込むように言った。

「そういう事ってあり得るの?そのぉ、猪人間ごとに違う戦い方をすると言うか、なんというか……」

 恵那は言語化に苦労しているようだった。

「猪人間の個性によって戦術が変わるのは考えうる事だと推察されます。猪人間も個体によって性格も能力も異なりますので、戦術に長けた者が統率する事により、より脅威が増すと推察されます」

 マリー・ベルは恵那の聞きたい事に答えた。

「それって、非常に不味い事じゃ……」

 恵那は不安を感じていた。

「ああ、全くもって不味い事じゃな」

 遙華は忌々しそうに言った。

「ルコ様、どう致します?」

 瑠璃はさっきからずっと黙っているルコに聞いてきた。

「そうね……」

 ルコはそう言ってから一旦口をつぐんだ後、

「敵の動きを見るために一旦後退しましょう」

と決断を下した。

「はい、承りました」

 マリー・ベルがそう言うと車はゆっくりと後退を始めた。

 すると、猪人間達は一瞬遅れて前進を始めた。

 それを見て、ルコ達は後退を止めた。すると、猪人間も一瞬遅れたが前進を止めた。

 今度はルコ達が前進を始めた。すると、猪人間も一瞬遅れはするが後退を始めた。そして、こちらが止まると向こうも一瞬遅れるのだが止まった。

「ああ、やっぱり……」

 ルコは全く予想通りの行動をする猪人間を見て嫌になりそうだった。

「そうですね」

「そうとおりなのじゃ」

 瑠璃と遙華はルコの言った事を理解していたようで、同じく嫌になりそうな感じだった。

「どういう事?」

 恵那は一人だけ取り残されていた。

「いつでも攻撃できるぞと見せ掛けて、こちらが疲れるのを待つ作戦だと思うわ」

 ルコは恵那にそう説明した。

「それなら、こっちから攻撃を仕掛ければいいんじゃない?それで全滅させればいいのよ」

 恵那は力を込めてそう主張した。

「相手は逃げ回るでしょうから全滅させるのはかなり苦労するわ。それで大分消耗してしまうわよ」

「でも、全滅させれば、それで終わりだからいいんじゃない?」

「それで終わりではないのじゃ」

 遙華は分かってないなという顔をして横から言った。

「どういう事?」

 恵那は理解できないという顔でそう聞いた。

「その後、夜に周りの村から大量の猪人間が攻めてくるのじゃ。そう、都市別斗べつとでやられた事を再びやってくるのじゃ」

「うげっ」

 恵那は遙華にそう指摘されて絶句した。

「さて、ルコ様、どう致しましょう?」

 恵那が納得した所で瑠璃がルコに聞いてきた。

「基本的はまたこの都市から逃げ出す事になるわね」

 ルコはそう言うと溜息をついた。なんかいつも逃げている気がしていると思ったからだ。ただやっぱり戦力差を考えると仕方がない事だった。

「移動経路はどう致しますか?」

 瑠璃は正面の周辺地図を見ながら聞いた。既に場の雰囲気はこの場を逃げ出すという事に収束しそうだった。

 画面には都市湯澤ゆざわの周辺地図が映し出されていた。周辺には都市を囲むように3つの村があった。それぞれ北東方向から反時計回りに20から22の番号が付けられていた。

「とりあえず、大きく迂回する他ないと考えているわ」

 ルコは村20と22の間を指差しながら説明を始めようとした時、

「敵が二手に分かれました。一隊は一つ北向こうの通りに出て北東方向へ向かって接近してきています」

 マリー・ベルはそう報告してきた。

 どうやら動かずにただ対峙していればいいという訳ではないらしい。それがルコ達にとっては一番楽な方法だったが、敵はこちらを休ませないように圧迫する気でいるのは明らかだった。夜の戦いのための布石なのだろう。嫌な戦い方を仕掛けてくる敵だった。

「やれやれ、このままじゃ、側面ないし背後を取られるのじゃ。どうする?ルコ」

 遙華は本当にやれやれという顔をしていた。

 ルコは周辺地図で猪人間が移動している様子をじっと見ていた。

「ルコ?」

 何も言わないルコに不安を覚えた恵那が声を掛けた。

 ルコは手でそれを制すると、目は地図から離さないでいた。明らかにタイミングを測っているようだった。

 別働隊は十字路を通過し、次の十字路を左折すれば、ルコ達のいる十字路に行ける問タイミングで、

「急速前進!前方の敵を圧迫するわ!」

と指示を出した。

「はい、承りました」

 マリー・ベルはそう言うと車を急発進させた。

 前方の敵は反応がワンテンポ反応が遅れたが、すぐに後退を始めた。しかし、その中にも更に後退のタイミングが遅れた1匹がいた。

「任せて!」

 恵那はそう言うと、距離約350mぐらいの射撃を成功させて、1匹を葬り去った。

 しかし、その後は前方の部隊との差は縮まるどころか、少しずつ開いていった。

 つまり、射程圏外の距離になっていた。

 その間に、別働隊は十字路を右折してルコ達の背後に回り込んできた。それを合図に猪人間達は前後からルコたちに向かって突進してきた。

「後方の敵に構わず、前方の敵を攻撃!」

 ルコはそう言うと、尚も前進を続けさせた。

 他の三人はルコの指示に従って、前方の敵を攻撃し始めた。しかし、突撃してきた前方の敵は距離を測ったように、突然突撃を止めて物陰に隠れてルコ達の銃撃をかわしていた。今度は向こうが明らかにタイミングを測っているようだった。後方の敵は攻撃がないので一気に詰めてきた。完全に挟撃される形になった。

 ルコはそれでも前進を続けていたが、前進から3つ目の十字路に差し掛かると、

「右折!ここまで前進して!」

と地図を指差しながら指示した。

 猪人間達も近くの十字路をルコ達と同じ方向に曲がり、それぞれ2つ先の通りを通って平行にルコ達を追っていった。

 ルコ達は十字路を通過し、次のT字路を少し通過したところで停止した。

 都市湯澤ゆざわは碁盤の目のように都市が形成されていたが、都市内には川が流れており、川の流れによっては碁盤の目のようになっていない部分があった。ルコ達はまさにそういったところに逃げ込んでいて、左手から正面に掛けて川は緩く蛇行して流れており、左側へ行く道がないところだった。

「成る程なのじゃ、挟撃されない位置に退避した訳じゃな」

 遙華はふむふむと頷きながら言った。

「さすが、ルコね」

 恵那は感心の声を上げた。

「すぐに敵も対応してくるわよ」

 ルコは油断した様子もなく地図をじっと見ていた。

 ルコの行ったとおり、右の部隊が先程通過した十字路へ、左の部隊はルコ達の進路上にある十字路へと向かう様子が地図に示されていた。

「マリー・ベル、敵の挟撃に遭わないように任せたわ」

 ルコはそう言うとマリー・ベルに丸投げした。

「はい、承りました」

 マリー・ベルはそう言うと、早速車を急発進させて、自動的に回避行動を始めた。

 他の三人は右隅にいるルコを唖然として、そして、何とも言えない表情で見つめる他ないようだった。その視線に気付き、ルコは、

「ああ、こういった事はマリー・ベルは得意中の得意なのよ」

と言ったが、三人はまだ納得していない表情をしていた。

「いくら都市内では挟撃が難しいからって言っても間違った方向に逃げてしまうと挟撃されてしまうわ。私達だと疲れて間違う可能性があるからね」

 ルコは更に説明を付け加えた。

「マリー・ベルは疲れないの?」

 恵那は素朴な疑問をぶつけてきた。

「ええ。私にも仕組みが分からないけど、空から力の源が供給されている限りね」

 ルコが入っている力の源とは電気の事であり、衛星から無線で電気が供給されていた。

「力の源が無くなる可能性は?」

「その可能性は皆無だと推定されます」

 今度はマリー・ベルが答えた。

「うん、それなら安心ね」

 恵那は素直にそう言って笑顔になった。

 そんな恵那を見て、瑠璃と遙華も信じる事とした。

 実際、マリー・ベルは都市内を右へ左へと巧みに移動して、敵の挟撃の機会を与えないようにしていた。ただ、ルコ達四人は何もしなくていい訳ではなく、敵が接近する度に牽制の攻撃をしなくてはならなかった。

 しかし、先に音を上げたのは猪人間達の方だった。疲労したためか、夕暮れ前に猪人間達は北東方向へ撤退していった。彼らとしては日没までここに釘付けしておきたかったのだろうが、壊滅のリスクを犯さなかったようだ。この事から高い能力を備えた指揮官がいる事を物語っていた。

「さて、どう致しましょう?ルコ様」

 瑠璃は遠ざかっていく猪人間達を見ながらルコにそう聞いた。

「この都市を出ましょう」

 ルコはすぐにそう言った。

 この都市にいても、先程の放浪種が先導して周辺の村から多数の猪人間達が来る事は明白だったので、ここにいても状況が益々悪くだけだった。

 その事が既に分かっていたので、他の三人には反対する理由はなかった。

 ルコはそんな三人の表情を一旦確認してから、

「やっぱり村々の間をこうやって抜けて迂回していく他ないと思うんだけど……」

 ルコはそう言って地図を指差しながら説明を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る