その6

 数時間後、事態は最悪とも言える悪化の度合いを一気に深めていた。敵の撤退はルコ達の幸運に繋がらず、不幸をもたらしていた。

「監視装置に反応。南から猪人間達が急速接近中。数算定中ですが、もの凄い数です」

 マリー・ベルから急報がもたされていた時にはすぐに遅く打てる手は一つしかなかった。車載センサーのみの監視だったので発見が遅れた事が原因の一つだった。

 南から襲撃とはこの地域の最大拠点である村18からのものであり、算定中という事は1000を優に超える数だった。

 それまで、前部座席に座り、休憩していた四人はこの思わぬ知らせに暗澹たる思いに突き落とされていた。

「これはどういう事じゃ?」

 遙華は真っ赤に染まっていく周辺地図を見つめながら驚愕していた。遙華も当然ながら村18からの襲撃だという事はすぐに分かっていた。ただどうしてこうなったのかが分からなかった。当然警戒もしていなかった。それはルコと瑠璃も同じ考えただった。

「まさか……」

 三人はハモるように声を上げた。

 考えられるのは昼間に遭遇した放浪種が村18を戦いに引き込んだという事だった。確かめる事はできないがほぼ事実だろうという確信は三人にあった。

「どうしたの?」

 恵那は一人で当惑の表情を浮かべていた。可愛そうだが今は説明している暇はなかった。

 ルコは地図上に目を走らせて、脱出ルートを必死に探そうとしていた。

 ルコの代わりに、後ろの座席で遙華が隣の恵那に経過をゆっくりと説明してくれているのが聞こえてはいたが、ルコにはそれにかまっている余裕はなかった。

 昼間都市を出た橋は完全にダメだった。その先の南にある橋は検討すらしなかった。正面東側の都市別斗べつとに入るために使った橋が一番近かったが、高水敷から堤防を駆け上がって橋に辿り着くには猪人間達との競争だった。しかもそれに敗れると完全に包囲下に置かれる危険があった。となると、残りの西側の橋以外の選択肢しかなかった。こちらも競争にはなるが、東側の橋よりは陣容は薄かった。

「西側の橋に向かうわ!急速後退!」

 ルコはすぐに決断してそう叫んだ。

「はい、承りました」

 マリー・ベルはそう言うと車を急発進させた。

 車は高水敷の細い道をバックで疾走した。ルコ達は直ちに車両前部から後部へと駆けていった。高水敷の細い道なので道が悪く車体が揺れていて、四人は手すりにつかまりながら後部へと向かった。

 猪人間達の一部は橋を閉鎖しようと加速していた。完全にどちらが橋に早く着くかの勝負になっていた。

 ルコ達が後部に辿り着くと車は高水敷を駆け上がっていて橋の前の道路へと進入しようとしていた。前には何者もいなかった。

「よし、間に合うのじゃ!」

 遙華がそう叫び、誰もがそう信じた瞬間に暗闇から猪人間達がすっと現れ、車の前方、いや後ろ向きに走っていたので、後方右から体当りを食らった。

 車は強制的に向きを変えられ、四人の悲鳴とともに橋桁に激突するコースへ一直線となった。

「ぶつかる!」

 恵那がそう叫んだが、車はまた急に向きを変えて四人の悲鳴とともに高水敷へと斜面を滑り落ちていった。マリー・ベルが何とか向きを変えるのに成功したらしい。

 ただ、四人は一連の遠心力で進行方向右側の隅に固まるように押し付けられ、斜面の凸凹で上下に揺られながら立ち上がる事さえできずになすがままに体をあちこち打ち付けられていた。四人の悲鳴が無情に車内に響き渡った。

 車の方は高水敷に降りてようやく止まった。

「みんな、無事?」

 一番上に乗っかっていたルコが退きながら聞いた。

「大丈夫よ」

 恵那はルコのすぐ下にいたのですぐにそう答えた。そして、ルコが退くとすぐに続いて恵那が退いた。

「なんとかなりましたわ」

 瑠璃はやれやれという顔で次に起き上がった。

「吾は死んだのじゃ」

 一番小さい遙華が一番の下敷きになっていたので恨めしそうにそう言った。どうやら体が小さい順に下敷きになっていたらしかった。

 こんな状況でも猪人間達は容赦なく斜面を転げ落ちるようにしてルコ達を追っ掛けてきた。

「マリー・ベル、橋の下をくぐり抜けて!」

 ルコは四人の無事を確認するとすぐにそう叫ぶように指示を出した。何かのスイッチが入ったようだった。

「はい、承りました」

 マリー・ベルはそう言うとすぐに車を発進させた。

「なんじゃ、橋には向かわないのじゃな?」

 遙華はびっくりしたように聞いた。

「一旦敵を引きつけるわ!」

 ルコは興奮気味に大声でそう答えた。

「そうですね。引き付けるためにこちらからも攻撃しましょう!」

 瑠璃はルコの意図を察して、敵に対して銃撃を開始した。

 他の三人も瑠璃に習い、銃撃を開始した。

 猪人間達はそれに引き付けられるようにわらわらゴロゴロと高水敷に転がり落ちるように殺到してきた。それにより橋の入口が自ずとお留守になっていった。

 車が橋の下をくぐると、

「マリー・ベル、斜面を上って!」

と道なき道の堤防を登るようにルコは指示を出した。

「はい、承りました」

 普通は拒否するところだが、前にも同じように命令されたのでマリー・ベルは素直に車を斜面に向けた。

 車は凸凹の斜面を何とも言えない音を立てて強引に上っていった。今度は四人はしっかりと手すりに掴まりそれに耐えていた。

 地図上には橋に向かう第二波の猪人間達が接近してくる様子が映し出されていた。今度も競争になってしまった。

「今度こそ!」

 ルコは地図を見ながらそう叫んでいた。

 車は斜面を上り切り、バックのまま左折し、第二波の猪人間達の目の前を掠めるように更に左折して橋へと進入していった。

 猪人間達は橋のそばで第一波と第二波が合流し、ルコ達を全力疾走で追い掛けてきたが、橋の半ば過ぎに達する前に追跡を止めていた。村所属の猪人間なのでこれ以上の深追いはしないのかもしれない。

 ルコ達はそのまま橋を渡りきり、川の近くの十字路を通り抜け、次の十字路を右折して遠回りだが、なんとか都市湯澤ゆざわへと向かう事ができた。

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