その3

 日が沈んだ頃に摂っているのでこの日の夕食は早いものだった。この季節の日没は16時ちょっと過ぎぐらいだった。

 ルコはこの夕食時にこの都市空別からべつの脱出する事を提案していた。今夜ももちろんの事、明日以降も猪人間が都市に殺到し、身動きが取れなくなると考えていたからだ。そして、時間が経てば経つほど発見される可能性も高くなる。そうなる前に逃げ出すのが一番だと考えていた。

 空別からべつから直線で南12kmに幌豊とよほろ、西26kmに織内おるない、東南東20kmに別斗べつとがあった。織内おるないはまだ混乱が収まっていなく戻るのには不適で選択肢からすぐに外した。

 残るは2つの都市だが、そこに行くためには影響がありそうな村々を例のごとくに番号の付いていない村々の中心から北東方向から反時計回りに村に番号を11から17と付けた。番号を付けた村と三都市を地図で示した。

 村6の異変が隣の村々にどんどん伝播していくと考えられ、村の隣の村14は今夜にも空別からべつに兵を送ってくるのではないかと予想された。そして、村15,16,17伝播していき、時間が経てば経つほどまずい状況になっていくと思われた。

 この地図にも示されているとおり、幌豊とよほろは最も近いが、そのように警戒されている中、猪人間の密度が高いルートを通る必要があるため現実的ではないと思われたので、こちらも除外する事した。

 こうして理詰めでルコに説明されていくと、やはり東南東の別斗べつとに向かうしかない事が分かり、更にそのルートまで示されてしまったらルコ以外の三人は反論する余地がなかった。というより、ルコを信頼して全面的に賛成した。

 ただ今から警戒態勢と作戦開始のタイミングを図るために、お楽しみタイムであるシャワーを禁止されたのはかなりの不評を買った。まあ、半分は三人の冗談だったのだが。

 作戦開始のタイミングはルコの予想通りというか希望通りになった。夜は村6と14からルコ達を捜索する部隊が出てきたが、数が少なかったために、潜伏したルコ達を見つける事ができずに明け方には戻った。村6からは全軍が出てくると予想していたが、流石に昼間にルコ達に引きずり回されたためか、斥候部隊だけだったのはルコ達に有利に働いた。

 猪人間達が都市からいなくなると、ルコ達は早速脱出する事にした。

「出発しましょう」

 ルコがそう言うと潜伏中の建物から車が出発した。

 ルコ達は都市の北側に潜伏しており、まずは東の方向に進んだ。都市の中心部には川が流れており、その川は大きく蛇行していた。

 川の手前まで来ると東側の橋を渡らずに中心部へと南下した。

 この橋を渡って直線に進むと村13の鼻先を掠める事になる。

「村13の様子は?」

 ルコは状況をマリー・ベルに確認した。

「特に動きはないようです」

 マリー・ベルはそう答えた。

 元々この村13は動きが少ない村で、蛇行した川に周囲を囲まれ、更にもう一本大きな川が背後を流れている地形の中にあった。まるで川が平城の堀のように配置されており、外敵が侵入しにくい。侵入しにくいので隔離されていると言えるので、わざわざ面倒事を引き受けるように堀の外には出てくる気はないのかもしれいない。

「南側の5つの村は?」

 ルコは次の質問をした。

「目立った動きをしている村は今のところありません」

 マリー・ベルはそう答えた。

 この南の5つの村は元々南の幌豊ほろとよの方を気にしていおり、監視カメラも幌豊ほろとよからの映像だった。つまり、ルコ達と遭遇しなければ、村6も空別からべつには興味を持たなかっただろうし、村6が動かなければ、村14が動く事もなかったのだ。だが、昨夜のうちに村14が動いたので、今日中には村15も動くと予想された。ただ、今は動きがないので距離をとって通過すれば、特に問題がないと思われた。

 車は南下を続け、中心部へ差し掛かった。

「どうやら、やつらは全くいないようじゃな」

 遙華は安心したように言った。

 都市の監視カメラで猪人間が今一人もいない事は確かめられていたが、やはり実際にいない事を確かめる事は安心感の質が違うものだった。

 蛇行している川は中心部の近くで向きを急に東に変わっていて、車もそれに沿うように左折して東へと向かった。しばらくすると都市の外に出て、道の両脇が木々に覆われた森の中へと入っていった。

「村14との最接近地点を通過。村14に動きはありません」

 マリー・ベルはそう報告してきた。

「なんか緊張するわね」

 恵那は大きく息を吐きながら言った。当然他の三人も恵那のように緊張していた。

 車は尚も東に進み、蛇行している川から分かれている川に掛かっている橋を通過し、少しの間その分かれた川沿いを南東方向へと進んだ。そして、その川から離れるように再び東へと進路を取った。

「村15,16との最接近地点を通過。村15,16に動きはありません」

 マリー・ベルがそう報告してきた。

「ふぅ、何とか順調ですわね」

 今度は瑠璃が大きく息を吐きながら言った。ただし、いつものおっとりさんは変わりなく、それほど緊張している風には見えなかった。

 村15と村16は結構近くにあり、村16側が奥に位置していた。

 車はさらに東に進み、やがてちょっとひしゃげた十字路に入った。

「村17との最接近地点を通過中、村17にも動きはありません」

 マリー・ベルがそう報告すると、車は左折し、北上を開始した。この方向には村13が川向うにあった。

「さて、大丈夫かしら……」

 ルコはそう言うと、不安になってきた。

 今回の一番の不安箇所を今から通過するからだ。

「まあ、こればっかりは行ってみないと何とも言えないのじゃ」

 遙華もルコと一緒で不安げだった。

 瑠璃と恵那も言葉には出さないが、祈るような表情をしていた。

 とは言え、何も一か八かの賭けをしている訳ではなかった。先ほど説明したとおり村13は堀の中に配置されており、堀さえ越えなければ問題ないという確信はあった。とは言え、実際問題、そこは試してみないと分からない事だった。

 車はひしゃげたT字路に差し掛かり、東微北方向へと向かった。今度は村13から離れる方向だった。

「村13との最接近地点を通過。村13に動きはありません」

 マリー・ベルの報告を帰依た途端、四人から大きな溜息が漏れた。そして、お互いの顔を見合わせたながら微笑みあった。

 車は村13が背にしている大きな川に掛かっている橋を通過し、進路を東側へと変えた。後は村11と12だけだ。ただこの2つの村はどの都市からも遠く、監視カメラで映像が見られない謎の村だった。なので、油断大敵だった。

 やがて、T字路に差し掛かり、

「猪人間の痕跡認められません。安全を確認しました」

とマリー・ベルがそう報告してきた。

 このT字路を左折して北上すると、村12に辿り着く事ができた。

 そして、車はさらに東進、次のT字路に差し掛かった。

「猪人間の痕跡認められません。安全を確認しました」

 マリー・ベルは先程と同じ報告をしてきた。

 このT字路は最短ではないが、村11と12に続く道だった。

 ここまで無事に通過してきたが、ここに来て四人の口数がなくなっていた。

 車はさらに東進、今度はひしゃげた十字路に入った。

「村11との最接近地点を通過、猪人間の痕跡認められません。安全を確認しました」

 マリー・ベルから待望の報告を受けた。

「ふぅ、上手く行った……」

 ルコは力が抜けて座席でへたりこんでいた。

「やったのじゃ!」

 遙華は拳を天につき上げて喜んでいた。

「やったわね」

 恵那は嬉しそうに笑っていた。

「良かったですわね」

 瑠璃はおっとりとした口調でちょっと他人事のように言っていたが、心底ほっとしていた。

 四人が途中口数が全くなくなったのは最後の審判とも言えるこの言葉を待っていたからだった。

 ただまだ作戦は終了ではなかった。ここからちょうど南にある都市別斗べつとに辿り着かなくてはならないからだ。

 車は十字路を通過した後、右折して、南下を始めた。そして、左折右折左折右折をしてから真っすぐ行って、先ほど渡った大きな川を橋を通って渡り直すと、都市別斗べつとへと入っていった。

 全行程34km、ハラハラしたが結局何事もなく無事に終了した2時間半の作戦だった。

 ただ何もなかった事で、ルコへの評価が更に上がる事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る