その4
「そういえば……」
ルコはそう呟くと、意を決したように、
「トンネルの前まで急速後退!」
と命令を下した。
「はい、承りました」
マリー・ベルはそう言うと車を最高速度で後退させ始めた。自動運転なので前後関係なく同じ運転が可能だった。また、車の構造もそれに対応していた。
「トンネルってなんじゃ?」
遙華は知らない言葉を聞いてきた。当然のことだが、概念がない言葉は全く分からなかった。だから、時たま言葉が通じず、ルコは三人が分かると思われる言葉に変換してやる必要があった。ただ、この忙しい時にも聞いてくる遙華は何でも知りたがる性格を有していた。
「道を通すために人工的に掘った洞窟の事よ」
ルコは付き合いよく遙華にそう答えた。
「なんじゃと!さっきの洞窟は人間が掘ったのじゃな!凄いものじゃな!」
遙華は知らない事を知ると、こうやって感動するのも謂わばお約束事だった。しかも今回は遙華の世界では考えられない構造物だったので感動の度合いはマックスだった。
そんな緊張感がほぐれるような会話を続けているうちにトンネルの前まで車はやってきた。
猪人間達は追撃してきていた。全力疾走をした場合、車が出せる最高速度を超える事ができるので、距離はほとんど変わっていなかった。
「そこの右の道に入って!」
ルコはそう指示を出した。
「右側に道はありません」
マリー・ベルは無機質な口調でそう答えた。
「つべこべ言わないで、そこに道があるでしょ!」
「これは廃道です」
「文句を言わないで指示に従いなさい!」
ルコは強い口調で命令した。
他の三人はそのやり取りを見て不安になっていた。道らしきものがあったが草茫々だったからだ。
「はい、承りました」
マリー・ベルは抵抗虚しく、ルコの言う通りバック走行のまま廃道に進入した。AIが抵抗するほど無謀な事なのかもしれない。
ただこれにより包囲されて足を止められる危機を脱する事にはなった。
「4番にルコ様、6番に恵那様、8番に遙華様、10番は私が行きますわ。配置転換して下さい」
瑠璃はまた凛々しい口調で冷静にみんなに指示した。
4番は正面の狹間の一番右側、6番は前部区画にある右側のドアにある狹間、8番は寝室区画の右側にある狹間、10番は作業区画にある右側の狹間だった。
包囲の危機は過ぎたのだが、進路変更により敵が右側面に殺到する恐れがあったと言うより、確実に殺到する状況だった。側面から体当りされると正面よりは横転の可能性は高くなる。その対策のための瑠璃の指示だった。
ルコは恵那のいた所に、恵那は前部右側にあるドアの狹間に、遙華は寝室区画にある狹間に、瑠璃は作業区画にある狹間に移動した、前からルコ、恵那、遙華、瑠璃の順に配置され、いずれも右側にある狹間だった。
猪人間は方向転換に上手く対応できず、仲間同士で交錯してモタモタしていた。一方、直ぐに配置転換を済ませたルコ達四人は激しい銃撃を猪人間に加えた。銃撃は効率よく猪人間を薙ぎ倒していったが、数が多すぎて焼け石に水と言った感じだった。劣勢は挽回できそうにはなかったが、一応は事態は好転した。
「こいつらなんなんじゃ?」
猪人間の体たらくを見て遙華は忌々しそうに言ったが、劣勢な状況をはっきり意識していた。
「ん?白いものが降ってきているわよ」
恵那は緊張感のない声でそう言った。
「ああ、さっきからチラチラ降っているのじゃ」
「何?これ?」
「雪じゃよ、知らんのじゃろうか?」
遙華はびっくりしたように恵那に聞いた。
「雪!?本当に雪って降るものなんだ!」
恵那は戦闘中なのに感動していた。無理もない。南方に住んでいた恵那は雪を見るのは初めてだったからだ。
「とにかく今雪より撃ちまくるのじゃ!接近を許すと体当りされるのじゃ!」
確かに遙華の言うとおりだった。モタモタしながらも猪人間はこちらに向かってきていた。
右折、バックで入ったので左折なのだろうか?ともかく、右に曲がって入った道は廃道でガタガタで思ったよりスピードが出なく、上下に揺れるため、銃撃を難しくしていた。それゆえにモタモタしていた猪人間の接近を許していた。しかし、四人は懸命に銃撃を続け、戦線崩壊をなんとか食い止めていた。
そんな戦闘の中、天候が急に悪化した。雪が本降りになったのだ。どうやら状況は踏んだり蹴ったりのひどいものになりつつあった。
「間もなくね」
ルコは揺られる車の中、周辺地図を見ながらそう言った。地図上では間もなく別の幹線道路に出るところだった。どうやら海側を諦めて別の道路を使おうという腹のようだ。しかし、ガコンと音がして、車体が大きく揺れ、車は停まってしまった。
「どうしたの?」
ルコは倒れそうになったのを近くの手すりにつかまり耐えていた。
「道路の舗装を踏み抜き、後輪の一部がハマりました」
マリー・ベルは緊急事態をいつもの無機質な口調で報告した。AIでなかったら言わんこっちゃないとか言われそうなシチュエーションだった。
「脱出は可能?」
「大丈夫だと推察されますが、数分お待ち下さい」
「とにかく急いで」
「はい、承りました」
「なんとか時間を稼ぐのじゃ!」
遙華の掛け声とともに、四人はなお一層銃撃に励んだ。
だが、猪人間の様子が少し妙だった。混乱が収まり、さあ、追撃だという雰囲気だったのが、急に足取りが重くなっていた。見たところ、混乱している様子はなかった。
「どいう事じゃ?やつら、どうしたんじゃ?」
遙華は訝しげがった。他の三人も同意見だった。
「雪で足が鈍ったと推察されます」
脱出作業中のマリー・ベルが遙華の質問に答えた。マルチタスクはAIの得意分野なので問題はなかった。外からはタイヤが空回りしている音が聞こえていた。脱出を試みているようだった。
「チャンスなの?」
ルコは呟くように聞いた。
「はい、仰る通りです」
マリー・ベルはそう答えた。
「ちゃ……?何って言ったのじゃ、ルコ?」
遙華は例のごとく聞いてきた。知らない言葉だったからだ。
それと同時に車は穴からの脱出に成功し、勢い余って幹線道路に出た。
「逃亡の絶好の機会って事よ!」
ルコはとびっきりの笑顔でそう言った。もっともその笑顔を見られる人間はそばにはいなかったのだが。
「マリー・ベル、この道路を使って逃げるわよ!」
ルコは続けてそう言った。
「はい、承りました」
マリー・ベルはまたバックのまま左折すると進行方向を変えてそのまま東に進路を向けた。
動きの鈍くなった猪人間達が追いかけてくるのが見えたが、車はすぐにトンネルに入り、猪人間の姿が見えなくなった。車はトンネルを抜けたが、猪人間は追ってくる様子はなかった。地図上で確認すると、諦めたのか猪人間達はその場を動かなくなった。
どうやら逃亡に成功したようだった。
危機が去り、少し余裕が持てた時、雪で猪人間の行動が鈍るなら早く言ってよとルコは思った。ただ、AIなのでそれは仕方がないことだった。
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