生神様の日の出

@atUma

序章 Days gone

 それはあまりにも突然のことだった。両親の死。中学生になりたてだった僕にとってその事実は、とても空虚で非現実的だった。


 最近になって、少し親が鬱陶うっとうしいと思うようになってしまっていた。そう感じていた自分自身を殴り飛ばしたい。そう思ってしまったから、心にもないのに少しでも願ってしまったから、二人とも僕を置いていった。そうとしか考えられなかった。だって、さっき二人で買い物に行くと言って出かけたばかりだったのに。

 けれども、その「さっき」も最早いつのことだったのだろう。時は僕を置いて流れる様に過ぎ去っていった。

 本当に僕は悲しんだのだろうか。そんな記憶さえ、僕にはなかった。


さとる、お疲れ様。もう、いいのよ」


 その言葉とともに、僕は後ろからそっと抱きしめられた。後頭部に感じる暖かい息遣い。めぐみ姉さんがそこにいた。


「姉さん…?」

「もう終わったのよ。もう、強がらなくて良いの。今はあなたの分、お姉ちゃんが強がってあげるから」


 そうか、たった今、全部終わったのか。着こんでいた学ランが、急に肩に重く感じる。両親の葬儀が、今終わった。


 涙があふれてきた。きっとそれまで一滴も流していなかったそれが、とうとう僕の意志では止められなくなってしまった。


 強がろうとしていたわけではないと思う。ただ、姉さんの言葉で僕がようやく、現実に追いついた。追いつこうとしていなかった現実に、追いついてしまった。


 追いついて、すべてに気づくのと同時に、何か言いようのない不安が心臓を包み込んで、いたく締め上げてくるようだった。痛くてたまらない僕は、咄嗟とっさに振り返って姉さんを抱きしめた。


 一瞬、姉さんがびっくりしたように体を揺らしたが、すぐに右手を背中に手をまわし、さすってくれた。普段の僕なら絶対にしないこと、普段の姉なら笑いながら窘めるようなことでも、この瞬間はお互いに受け入れられた。


「よしよし。よく頑張ったね。えらいよ。」


 そういいながら僕の背中をさする右手が、かすかにふるえていることに気が付いた。当たり前だろう。姉さんもまた、僕と同じなのだから。


 姉さんの腕から抜け出そうと体をすこしよじってみたが、かえって姉さんの僕を抱きしめる腕が強まったように感じた。


「姉さん、これからどうしよう」

「そうね。これからどうしよう」

「姉さんがわからないのに僕にわかるわけないよ」

「そうね」


 そこでようやく姉さんは僕の背中をさするのをやめた。そして僕の両肩をつかみながら少し体から離し、少し屈んで僕の目をのぞき込んできた。


「わからないけど、悟にはお姉ちゃんがついているから。お父さんとお母さんはいなくなっちゃったけど、お姉ちゃんはいるから。悟が困れば、お姉ちゃんがなんとかするから」

「うん。…けど今も困ってるよ」

「それもそうね。任せなさい!」


 そういって笑う姉さんは、根拠なんて全然ないのに頼もしかった。自分だって間違いなく辛いはずなのに、その笑顔は僕の辛さまで連れ去ってしまった。


 そして姉さんのこの言葉は、すぐに本気だったことがわかった。葬式が終わったあとすぐに、僕たち姉弟は母の姉である叔母夫婦のもとでそろって養子になることが決定した。親戚中で随分と話し合ったそうだ。僕と姉さんが別々の家に行くという話も出ていたらしい。そんな中で姉さんははっきりと僕たち姉弟が一緒に暮らすことを主張して、話をまとめてしまったらしいということを、僕は後に叔母から聞かされた。


 叔母夫婦は僕たちを暖かく向かい入れてくれた。僕たち家族は完全に引き裂かれてしまうはずだった。それを姉さんはつなぎとめてくれた。


 姉さんと一緒なら、どんな絶望だって笑って乗り切れる。そう信じてしまうには十分だった。


 あの日、僕は姉さんのために生きていくことを誓った。



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