第7話パンツを取り戻せ!

「川尻、あの写真の出どころが分った。三年の鳥谷という人だ」


 十分休憩の間に僕等は、声が聞こえないように誰もいない共用トイレで盗撮犯を捕まえる話をしていた。

 江尻が携帯を振りながら、その画面に写っているメッセージを僕に見せてきた。そこには低俗な言葉が書き連られて、腹の底からこの画面を叩き割りたい気持ちだった。しかし、最も屈辱なのは江尻であろう。この画面で直接メッセージをやり取りしたのは江尻だからだ。匿名設定で返しているが、心の中では僕と同じ気持ちだったのだろう。

 その鳥谷という人物は、放課後に指定された盗撮した生写真を受け渡ししているようで、江尻はそこにたどり着く了承を得たようだ。


「その鳥谷って先輩は、今は学校にいないのか」

「今停学中だそうだ。タバコを吸っているのが女子からのチクリでバレたかららしい」

「やっぱりか。この写真を見ただけで犯人はおそらく今学校にはいないと分かっていた。写真にはうちの学校の制服の人のがほぼ占められているが、学校内で撮られたであろう写真がない」


 盗撮されていた写真のはいづれも登校中や、電車の中ばかりだ。つまり学外の人間の犯行の可能性が高いが、かなりの更新頻度で写真が公開されている。電車内ならまだしも通学路で学外の人が盗撮のために歩いてたらかなり目立つ。

 だが停学中の人間なら、盗撮のために他の生徒に混じって通学路で盗撮ができる。そして先生に見つからないように動く。とても賢く、卑劣だ。


「なら、動機は逆恨みだな。チクった女子の名前自体は言われてなかったから、手あたり次第女子という女子を盗撮していたんだろう」

「まったく、健全なる性欲でなく低俗なことからの発端だなんて、パンツを愛好する者とからすればとんでもないことだ」


 僕は頭を掻いて、盗撮された写真に写っているパンツたちを覗く。 

 いづれの写真もかなりのローアングルから撮られているようで、カメラをバッグか何かに入れて盗撮しているようだ。パンツが震えて怯えているようだ。


「しかし、このパンツには生命力がない。パンツが泣いている」

「パンツが泣いているってわかるのか?」

「僕はね。これでも何百という回数のパンチラを見てきたんだ。おかげでパンツというのは女の子の内面も分かってしまうんだよ」


 江尻は「さすがパンチラ原理主義者にしてパンツしか考えない男だ」と称賛した。まあその大半が彼女の物によるのだけど……


「彼女のパンツが消えたのはおそらくこれが原因だろう。彼女の能力は精神に左右されて消失を起こすから、今まで見えていたパンツもこれの影響で消失したんだ」

「なるほど……ん? 川尻、お前そういえばなんで盗撮されたものの中に彼女のものがあるってわかったんだ? あの中写真ではどれが彼女のものかよくわかんねえだろ」


 ……ああしまった。

 僕は観念して彼女との出会いのことを話すと、江尻はガッと僕の両肩をつかみ頭を垂れた。


「うらやましいなぁ!」

「声が聞こえる! それにあれは僕が求めていたパンチラじゃない。それに……君の方が羨ましいよ」

「どういうことだ?」


 心の声が漏れだしてしまった。僕は君に嫉妬しているというのは言おうにも言えない。でもそうじゃないか、君は秀才で顔も広く、答えもすぐに導き出す。爪弾き者である僕とは住む世界が本当は違うのに、パンツというものでやっとつながっている。

 しかし、逃げようと後ずさりしても僕はトイレの壁に阻まれてしまった。逃げ場はない。そして江尻は、僕を逃がすまいと腕で僕の退路を断っている。


「川尻、俺らの関係は大手に振って言える関係じゃない。むしろ指をさされてもおかしくない。けど俺は、川尻だけにしかパンツが好きとしか言えないんだ。俺は、お前といるときだけしか包み隠さず性癖を暴露する。ああそうだ、パンツは素晴らしい。可愛らしいお尻をより愛らしく、エロティクにもできる。ああなんて素敵なんだパンツというものは!」


 江尻はまるで舞台に立っているかのように大仰に手を広げ、パンツについて語った。ここが個室でなければ、本当に晒し者にされて君の信頼はあっという間に監獄送りだ。それでも、僕は軽蔑しない。

 だって、パンツは素敵だからだ。


「……僕は、パンツしか頭にない男だ。僕はお尻よりもどこまでもパンツなんだ。僕は半年前に彼女と会った時もパンツしか見ていなかった。けどその時、彼女に消失現象が起きていたなんて気づかなかった。もし江尻のように頭が良い人なら、彼女を早く救えたのかもしれない」


 思い返せば、彼女の消失現象は段階を経ていたのだろう。僕が彼女の手をつかめていたのは、彼女の全身の色素がまだ半透明状でなんとか見えていたのだ。しかし現在は太陽の下では完全な透明状態だ。

 つまり、彼女が完全な透明になってしまったのは僕にある。僕があの時に彼女の消失現象に気付いていれば、みんなに無視されていた事情をもっと早く知っていれば……僕は江尻のようになれていたかもしれない。


「……川尻、お前は彼女をどうしたい」

「僕は……彼女を助けたい」


 すると、江尻はパンパンと両腕を軽く叩いて自然な笑みをこぼして、サムズアップした。


「よし、じゃあお前が鳥谷をぶっ飛ばしてこい」




 放課後のチャイムが鳴り響く校舎裏で、僕は一人鳥谷が指定した体育倉庫の裏手に回っている。

 手入れがされていない体育倉庫裏は、雑草が伸び放題でこの先に道があることなど僕もこの時にならなければ知らないまま卒業していただろう。雑草が脚に絡みつき転びそうで、何かしらの事情さえなければ道があるとしても入りはしないだろう。

 伸びきっている雑草の森を抜けたころには、制服から出ている肌が薄く切ってしまった。森を抜けた先のフェンス向こうにある裏通りに、男がいた。恐らくあの人が鳥谷という奴だろう。


「よう、あんたが匿名キボンヌさんか? ネットで見れるのにそういう物好きが来るが」

「ああ、そうだよ。生の方がよいからね」


 匿名キボンヌは、江尻が鳥谷と交流するときに使ったユーザー名だ。それを知っているということは、この男が鳥谷であることの証明だ。

 鳥谷は僕が来ると早々にタバコに火をつけながら、人差し指を一本立てた。


「ほら、一枚千円だ。前払いだってのは先に書いていたよな」

「ああそうだね。もちろん軍資金はたっぷりあるよ」


 僕は財布を開いて鳥谷に千円札の束を見せて、購入意欲があることを示した。ふんと鳥谷が納得したかのように煙を吹かせると、フェンスの隙間から渡すように催促する。フェンスは指三本分ぐらいしか入らないほど狭く、手を入れても向こうには届かない。僕は渋る様子を見せないよう千円札を丸めてフェンスの隙間に入れて渡した。千円は失ったが、彼女の写真を消すには必要な痛みだ。

 鳥谷が返すようにフェンスの隙間から丸めた写真を送った。


「実はさ、他にもほしい写真があってさそれ見せてくれない?」

「はぁ? それならまた次にしろよ。現像すんだって苦労してんだぜ」


 何が苦労だ。僕が自然なパンチラを追い求めている苦労と比べたら、君のは苦労のうちにも入らない。ましてや盗撮で手に入れたパンツなんて、何の価値もない。この写真もすぐに焼却炉に入れて燃やしたいほどだ。

 へらへらと作り笑いをして媚びへつらい、フェンスに指をかけて揺らした。鳥谷にもっと写真が欲しい必死さをアピールするためだ。


「前にあった僕のお気に入りのパンツ写真がかなり前の奴でさ。探すのに一苦労で、データだけでも欲しいんだ」

「しょうがねえな。ちょっと待ってろよ。そっちに行くから、その代わり移動費五百円もらうからな」


 鳥谷がまだ半分も吸っていないタバコを落として靴で踏み消すと、フェンスに足を掛けて登り始めた。フェンスが重い人の体を支えながら大きく揺れ、鳥谷が頂上に到達するとそのまま地面に飛び降りてきた。

 鳥谷がポケットから携帯を取り出した。あの中に彼女の写真とかが全部入っているのか、僕はすぐにでもそれを取り上げたい衝動を抑えながら彼が写真を見せてくるのを握りこぶしをつくって爪を食い込まし、待った。


「それで、どの女なのんだ。この女とかか? いい趣味しているよな。けどこっち写真の女馬鹿だよな。あんなに分かりやすくパンツ見せてさ、いつの間にか撮れててびっくりしたけど、よっぽど影の薄いやつなんだな」


 いやらしそうに笑いながら携帯の画面を見せてくると、そこには僕が百四十七回も見てきた中の一つである彼女のパンツが侮辱されながら出てきた。

 もう限界だった。僕は感情に任せ、携帯を奪い取る。しかし向こうの方が僕の殺気を察したのか動くのが早く、先に携帯をひっこめた。だが、鳥谷が守るように携帯を抱きしめたのが好機だった。

 草むらに隠れ潜んでいた江尻が飛び出し、鳥谷に飛び乗った。奴は江尻の勢いに押し倒されてそのまま地面に口づけをした。江尻が押し倒したその拍子に、鳥谷の携帯は円盤のように地面の上を回転して滑っていく。


「隠し撮りしていた写真をすべて消せ」

「ちぃ、手前ら先公の犬か!」

「違うけど、僕は君がしたことを許せない。今すぐに残っているものも処分しないと、本当に先生に告発するからな。今度は停学では済まされないぞ」


 僕はひれ伏された鳥谷に一瞥して、遠くに飛んでいった携帯が壊れていないか心配しながらそれを取ろうとした。

 ――だが取れない。

 携帯の色素が抜けていき、何度も掴み上げようと手を何度もグーパーしていくが全くスマホの一辺にも触れられず携帯は消失してしまった。


「お、おい!? 俺の体が……! なんだよこれ、なんだよ!! これは!!」


 鳥谷が震える声を上げていた。見ると、鳥谷の体が色を失っていた。それだけじゃない、上に乗っていた江尻も、体育倉庫も、フェンスも、雑草までもが色を失っていった。

 風が吹いてもいないのに、先ほど通ってきた道から雑草が擦れる音が聞こえた。僕がそこを覗くと人の姿はなかった。代わりに夕日の伸びている光に照らされて映るプリッツスカートのひだの影が見えていた。

 彼女だ。一部始終を聞いてしまっていたのだ。そして彼女が嫌がることで消失現象は対象を変えてしまう、昼間のガラスのように、今度は

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