第6話許されないパンツ


 チャイムの合図で教室の皆が一斉にスタート。見慣れた光景だ。

 僕が席を立つと、ノロノロと教室を出ると教室の反対側の出入り口から江尻が僕の前に出てきた。


「よう川尻、今日は食堂に行かないか。いつも競争してばっかりだと疲れるだろ」

「別にどっちでもいいよ」


 江尻の脇を抜けようとするが、江尻は通してくれなかった。


「今彼女がちょうど食堂に向かっている。彼女の能力を解決しなければ」


 江尻がスマホの画面に映っている赤い点を指さした。点は左右に揺れながら学校の外にある食堂棟に向かっている。あれは友達のスマホが落とした時に使う捜索アプリだ。つまり江尻のアプリの中に彼女が友人登録されているということは、僕と彼女の関係から、江尻と彼女との関係にシフトしてきているということだ。

 僕にいったい彼女に何ができるのか。もう不要じゃないか、主人公は君だ。僕はただのパンツが好きな友人Aで、頭が良くて友達思いで素晴らしい主人公補正を持っていないんだ江尻よ。


「江尻一人で解決できるじゃないか。僕はもう必要ない」

「彼女がノーパンである理由を考えたくないのか? よく考えてみろ、彼女は半年前から透明になっていたが、パンツは見えていたんだろ。それが昨日から透明になった。パンツが消えた理由をパンツの友である川尻が調べないのはパンツを求める者として疑問に思わないのか?」


 ニカっと江尻は邪気なく笑う。僕を煽るのが上手い、まったく本当に主人公は君だよ。





 食堂棟に着いて、トレイの上におばちゃんが今日のお昼のきつねうどんを乗せてくれると、江尻がスマホで先ほどの画面を後ろから出して見せた。画面には四角の中に赤い点が心臓の鼓動のように脈打っている。四角はここの食堂棟だ。


「見ろ、今食堂の真ん中あたりに彼女がいる。何かおかしなところに彼女がいるはずだ」


 食堂の周りを見渡して僕等はおかしなところがないかと目を皿にする。昼飯を求めて列をなして待機する学生、戦場にいるかのように動きまわる調理師さんたち、何百席も連なるテーブル席。僕はようやくその席にあるおかしさに目がついた。

 テーブル席の椅子の一つが大きく外れている。ほかの三つはきちんとしまわれているのに、あの椅子だけがまるで誰か座っているかのようだ。

 江尻にあの席のことを伝えると、江尻はにじり寄る。


「ここにいるんだよな。席座るよ」

「姿は見えていないのに、よく分かったわね」

「江尻がパンチラ御用達のアプリを入れていたおかげだ」


 ごほごほと江尻が口に入れたカレーライスをのどに詰まらせた。江尻はコップいっぱいに入れた水を喉の音が鳴るほど一気に詰まったカレーごと流し込む。その姿は食事ではなく、緊急治療のようで少し食欲が失う。


「おいおい、これはそんなもののためじゃないぞ。そもそもそんなことしねえし」

「ではそれを使って、友達のスマホを落としたので手伝ってくださいと言い訳して、屈んだ女性のお尻を拝めるための詐欺道具だ」

「だからしねーって言っているだろ!」

「なんか二人、今日仲悪そうね」


 そういうと彼女からちゅるちゅるとすする音が聞こえる。おそらく僕と同じ麺類を食しているのだろう。しかし、トレイも容器も箸も全て消失して見えない。この時点で江尻の仮説は崩壊している。

 なぜなら彼女の手に持てるのはせいぜい箸と容器ぐらいだ。誰も別の容器があるのに、トレイを持ちながら食べる人間はいない。つまり彼女の体と接している場合のみに発動するということは、先ほどのガラスの一件と同じようにすでに成立していないのだ。つまりだ。彼女の消失の範囲は、無意識のうちに広げたり狭めることができるということではないか。

 ふと、彼女がどうやって今食べているものをどうやって手にしたのだろうか。売店とは違い、ものが出てきてトレイに置かれるまで相手に気付かれないのではないか?


「今食べているの食券を買って渡したの?」

「うん。おばちゃんたち調理でせわしないから一々誰が取っていったか気にしないし、みんな気づいていないの」

「そんなめんどくさいことしないで、そのままパンとか勝手に持って行っても気付かれないんじゃないのか?」

「そんなことをしたら、お店の人が困るでしょ。そんなことできない」

「堅物なんだね君は。僕だったら、パンツが見えやすいスポットにじっと物陰で隠れて鑑賞するという有意義なやり方が思い浮ぶね」

「パンツの欲望に忠実な癖に、やることが地味ね」


 地味だと? ああ地味さ。パンチラを目撃するのは、それは途方もない地味で大変作業と、人間観察力が必要なものさ。君の百四十七回のあれと比べたらね。


「こう見えて川尻はパンチラ原理主義者だ。イスラム原理主義もこいつの前で違法パンチラでもしたら、銃を捨てて砂漠の上を裸足で逃げること間違いなしだ」

「違法パンチラって何よ」

「自然なパンチラであることから外れることさ」


 「わけがわからない」と呆れた声が江尻の反対側の空席から聞こえる。別に難しいことじゃない、人為的に無理やりパンツを見ることをすること以外だ。

 僕は残ったうどんを一気にすすると、器の中の出汁に波紋が揺れて起きた。顔を上げると、テーブルの上に江尻の友人である西島の手が置かれていた。

 

「よう、江尻……と川尻もいるのか」


 余計なものがいるなと西島は言いたげな顔をしている。僕に寄ってくる人は江尻以外そうそういない。秀才で顔が広い江尻と僕、クラスのみんなはただのクッションか置物程度に見られている。しかし僕と江尻はパンツというもので結ばれている。ある種江尻の関係は彼女との関係に似ている。

 それでも僕だって腹は立つので、いちゃ悪いのかよと不満を奥底に溜めておくと、彼は消失している彼女がいる席に座ろうと腰を下ろそうとした。


「そこ、他に来る人がいるんだ。隣の席に座ってくれないか」

「川尻に付き添う奴が他にもいるなんて初めて知ったよ」


 しぶしぶとなにか含んだことを言いたげに西島は僕の正面の席に座った。だが視線は江尻一直線だ。別に僕が何を思われようとも別に気にしないと僕はそうしたかったのだが、西島がスマホを取り出したことで状況は変わった。


「なぁ江尻これ見ろよ。ネットで流れていたんだけどさ」


 彼が画面に映したものに目がいくと、僕は西島のスマホを持っている手をつかみ上げた。


「おい、これは……なんだ!」

「いやだからネットに流れていたのを教えてもらっただけだって、そんなに喰いつくなよ……イタタタッ首が」

 喰いつくだと? 僕は怒っているんだ。

 西島のスマホに映っていたのは一面のパンツの写真だ。しかしそのパンツの写真は、明らかに不自然な撮られ方をしていて、しかも僕等の学校の制服の物であった。これは明らかにやってはいけないもののパンツだ。しかもその中にあったあるものが僕の中の怒りのツボを刺激させた。

 ――ガシャーン!

 学生たちの話し声でいっぱいになっていた食堂に、ひとつ切り裂くような大きな物音がすべての音を沈黙に変えた。僕等が座っていたテーブル席の床に、ラーメンの器がスープと食べかけの麺と共に散らばっていた。それもみんなが誰もいないと思っていた座席からだ。


「な、なんでラーメンが突然現れたんだ?」


 西島は目を白黒させながら、僕と落ちた器のほうを行ったり来たりている。僕は手を離すと、急いで彼女を追いかけた。


 外に出て食堂棟の周りを探すと、彼女は物陰で膝を抱えながらうずくまっていた。しかし彼女は前の階段下にいた時よりもかなり色素が薄くなっていて、彼女の精神状態の不安定さが見て取れる。


「私の……入っているの」

「知っている。君のものがいくつもあった。形状、色、装飾、全部頭の中に入っている」

「三日前に、あのサイトの存在を知って……なんで撮られているんだろうって」


 彼女は小さく震えながら、膝を引き締めた。彼女は泣いている。僕は唇を噛み血の味が口の中に染み込んだ。

 三日前ということは、彼女のパンツが消失した時期と重なる。彼女の消失能力は彼女の精神に影響する。これのせいで、彼女のパンツが消えてしまったんだ。僕は助けたいのに、ただでひどい仕打ちをしている彼女にこんな追撃までして……


「どうするんだ同士川尻。これでも約束というものに縛られて行動を起こせないのか?」


 遅れてやってきた江尻がポンと僕の肩を叩いた。約束だと? この状況で何を言っているんだ。こんな酷いものが晒されて、女の子が泣いているというのになんで今更そんなことを……そうか、そう言うことか。

 僕は江尻が何を言いたいかその真意をようやく汲み取れた。


「……そうだ、これは僕の詩吟とすべての女の子たちにかかわる問題だ。いくぞ同士江尻」

「もちろんだ同士川尻」


 そう言うと江尻はサムズアップして笑みを浮かべて僕の後を追っていく。


「あなたたち、どこに行くの?」

「僕等は君たちのパンツを取り戻しに行く」


 僕が江尻がしたように彼女に向けてサムズアップをした。すると、薄かった彼女の制服の色が戻っていた。

 これは、もしかして彼女の《消失現象》が治ったのかと淡い期待を寄せた。しかし、それ以上は彼女の色は戻らない。最初の階段下の時と同じぐらいの薄い色合いに戻っただけだ。しかしこれで彼女の現象が解消できる方法が見つかった。


 彼女を助ける。たったそれだけだ。


 やはり江尻は良き同士だ。僕のことをよくわかっている。僕は彼女を助けたかった。けど、約束という縄に拘束されて身動きできなかった。でもこの事件は、彼女一人の問題で済まされない、彼女を含めた大勢の女の子に関与する事件だ。彼女を間接的に助けることができる。さすがパンチラ同好の士である。

 自然のいたずらで見えるパンツこそ至上であるこれをモットーにしている。パンツとは尊く神聖であるのだ。だが、神聖なパンツを拝めるためにもっともやってはいけないことをする奴は、クソ野郎である!


「同士江尻、君の尻へのこだわりはもしかしたらわかり合えるかもしれない。しかし、決して分かり合えないものが一つある」

「ああ同士川尻、お前の飽くなきパンツへの執着心、俺は特と感じてる。俺もパンツとは素晴らしいものだと理解している。しかし奇遇なことに理解しがたいものが一つある」


「「盗撮などパンチラの風上にも置けない!!」」

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