第4話僕と彼女の約束
彼女と初めて接触をした翌日、僕はいつものように通学路を歩いていた。空はひどい晴天で、僕の心情を見事に表していなくムカついた。日課のめくれ上がりそうなスカート探しをする元気もないほど、今の僕は落ち込んでいるのだ。
通学路の途上にある橋の上り坂、僕はここで彼女とファーストコンタクト取ったときのことを振り返った。
二学期が始まり一週間が過ぎたころだ。残暑が色濃く、登校している人のほとんどが夏服の制服だった。おおよその男子は、ブラウス一枚の女子の体に目が向くであろうが、僕はスカートの短さに注目していた。女子たちは冷と快適性を求めて、スカートを短くする。またパンチラ最大の障害であるズボンも、蒸れるので穿かないのだ。
アスファルトで照り返させた熱気に汗を拭きつつ、舞い上がったスカートがないかを不審者に見られないよう細心の注意を払って見ていた。暑い中通学途中の学生の間をかいくぐっていく女の子に目を配らせたが、スカートの裾が数センチ上がっただけでそれ以上は覗けなかった。
僕は次のポイントでターゲットを絞ることにした。橋の上り坂、ここが急な傾斜になってスカートの中の花園が見れるスポットである。無論、女子たちも最大の警戒心を持ってこの坂に臨むが、僕も負けじとこのスポットに意気込んでいた。
だが目の前にあったものが、僕の残暑の熱気より熱い覚悟の火に水を差した。
パンツが見えていた。
無防備という度合いを越していた。スカートが完全に捲れて、この暑い日にぴったりの純白の薄いパンツが見えていた。しかし、どうしてなのか、本人も周りもこの奇妙に浮いたパンツに意識を向けていない。
――馬鹿な。
無警戒すぎるパンツに僕は感傷に浸っていく余地もないまま橋を上ると、いつの間にかパンツはスカートごと消えてしまった。あれは僕がパンツを望みたいがために見せた残暑の蜃気楼ではないかと疑った。しかしここは泥が混じった都会の汚水が流れる橋、無人の砂漠ではない。
翌日も同じ日だった。蒸し暑い。ハンカチが手放せないほど汗が落ちていく。汗がまぶたに落ちて、ワイパーのように拭くとまたあのパンツが上り坂に浮いていた。今度は青みのかかった薄いパンツだ。けど、これもまた誰も気にも留めない。
僕はひどく気になった。あれは同じ人なのか? ここまで警戒していないのは女子としての誇りや羞恥を放棄しているのか? 僕は余念がないまま、あのパンツについて考察をし始めた。しかし、橋を登ったところで見失ってしまった。風はない、捲り上がったスカートが自然の風で元に戻る可能性が限りなく低い。では気付いたのではと考えるが、どうも納得いかな。この坂はパンツが見えやすい暗黙の了解がまかり通っているのだ。何かしら対抗策を講じることが筋だ。なにより感情優先である女性が悲鳴一つも上げないこと事態おかしい。
翌日も同じ日だった。蒸し暑い。ハンカチが手放せないほど汗が落ちていく。汗がまぶたに落ちて、ワイパーのように拭くとまたあのパンツが上り坂に浮いていた。今度は青みのかかった薄いパンツだ。けど、これもまた誰も気にも留めない。
僕はひどく気になった。あれは同じ人なのか? ここまで警戒していないのは女子としての誇りや羞恥を放棄しているのか?
人と人の隙間を縫い、僕は彼女に声をかけた。もちろんパンツのことを直接言うつもりはない、ただ何かしらのアクションぐらいは欲しかった。羞恥でも、怒りでもいい、何かしらの反応を求めていた。
「ねえ君」
すると、彼女は驚愕して顔色を変えた。そこまではよかった。だが、彼女はパンツが見えていたことに気にするそぶりが全くなく、ただ狼狽えていた。
行動がさっぱり読めないまま、彼女はまたも橋を登ったところで見失ってしまった。
少し雨の日をはさんで、晴れ間の日が来たときまたもパンツが見えた。
そして見間違うこともない、あれは最初に発見された純白のパンツであった。間違いなく同一人物だった。僕は初めてパンツを見ることに癇癪が起こりそうだった。
なんだあれは? パンツ見える系女子なのか? にしても羞恥心も姦しさもなさすぎる。呼びかけてもすぐにどこかに消えてしまう静寂なる無防備なパンツ、なんて奇妙で不気味なんだ。パンツとは保護と安堵のものだ! もう我慢できない、良いだろう今回だけだ。
あのパンツが坂を上りきって見えなくなる刹那を狙い彼女の腕をつかんだ。
「君、いい加減にしたらどうだ」
「……!?」
パンツの持ち主である彼女は動転して転びそうになった。なんとか腕を引っ張って、パンツ丸見えという悲劇を回避した。パンツ丸見えは僕の趣向とはちょっと遠いので嫌いなのだ。
彼女は片膝を折りながら動揺している。しかし、怖れとかの類ではなかった。
「あ、あなた。見えているの?」
「ああ、丸見えだとも。なんでみんな君のことを見ていないのかさっぱり理解に苦しむよ」
「ほんとに? ほんとに、ほんとに見えていたの!? 私のこと!」
「あんな丸見えのパンツ、見えているに決まっている。一体何日丸見えだったんだ? 僕は理解に苦しむ」
「……パンツ。それで私を見つけれたの」
「ああそうだね。僕は人一倍パンツに聡いが、どうしてみんな気付かないのかな。どうかしているよ」
すると顔を真っ赤にして喜ぶように顔を近づけていた彼女の顔が、みるみる野菜が萎びていくように色を失った。そして彼女は握っていた僕の手を離して背を向けた。
「見てもいいよパンツ。けど一つだけ約束して――私の名前も顔も知らなくてもいいから」
また駆け寄ろうとすると彼女はすぐに消えてしまった。パンツの面影だけを残して……今思えば、あれは本当に消えてしまったのだ。
その翌日から、彼女のパンツが見えるたびに声をかける暇さえなく消えてしまった。おかげで百四十七回も彼女のパンツを観測し、彼女の気分や感情をパンツで把握できてしまった。パンツを百四十七回も見てささやかな悦びはあったもののこれが幸か不幸かであるかというと、どちらでもない。今振り返れば僕は非情であり、頭の悪い人間である。
何かを誤ったか、頭の悪い僕にはあの時理解できなった。もう少し思慮深く、彼女を観察すればたぶん、きっと江尻のようなことができたかもしれない。けど僕はパンツを見るという関係性に甘んじてしまっていた。そこで止まっていた。
人間は一つの過ちで、何かが上手くいかなくなる。パンチラもこのタイミングでならばれないと見ると判断して、どこかでミスに気付かず失敗する。彼女とのコンタクトを取ったとき、ミスを犯してしまった。
どうして過去を振り返ると、こんなマイナス思考に陥るのだろうか。それは僕の脳裏に、僕のパンチラ好きを知っている女子から蔑むものとは違ったものを向けられた彼女の淋しい目のせいだろう。
僕はパンツにしか頭になかった非情で頭の悪い人間だ。
「川尻よ。どうした青いのを見るのは空とパンツだけにさせてくれ」
「川尻よ。どうした青いのを見るのは空とパンツだけにしてくれ」
彼女のことを思い耽っていると、背中を押されると江尻が僕の肩に腕を回した。江尻は空の快晴のように自然な笑みを浮かんでいた。
「ああ、江尻か」
「ああとはなんだ? 力もこもっていない。もっと楽しいことを考えようではないか、そうだな彼女の透明能力をより有意義に使えることを考えてみよう。俺なら、一日をこの橋の上り坂の所でパンチラを観察とパンチラ調査を行うね。車の通行量は金がもらえるが、パンチラ調査は心の安定を満たしてくれるぞ。さあ川尻、君の考えは?」
「まあ同意見だ」
「……想像力と欲望が欠如しているぞ同士川尻! どうした、お前ならもっと想像できるだろう」
あいにく僕は頭が悪いのだ。自分でもわかっている。僕は江尻に嫉妬している。彼は優秀だ。きっと半年前に出会ったのが僕でなく、江尻だったらきっと彼女は救われたかもしれない。
その点僕は、パンツにしか頭にない。
だめだ。僕は。
「想像力が足りていないんだ」
「おいおい、もっと想像を膨らませ。他のことで考えろ例えば、彼女の《自己消失》の範囲はどこまでなのかとか」
「《自己消失》の範囲?」
「そうだ、彼女の能力は自分自身だけとなると体だけ消失してしまう。それでは制服もパンツも浮かんでしまい逆に目立ってしまう。彼女の能力の範囲は彼女の体に身についた辺りが俺の考えだ」
確かにそうだ。彼女が焼きそばパンを手に取ったときは消失し、逆にお金を出現した時を鑑みると、あれは彼女の手に物体が接触と別離したからとすれば納得できる。
「じゃあ僕の考え、彼女はほぼ無意識のうちに出現したり消失を繰り返しているのじゃないか?」
「というと?」
「単位の問題。いくら見えていないといっても先生に出席確認していないと不登校扱いになる。けど彼女は学校に通っている。見えていないのに意味もなく通う道理はない、つまり出席するときは出現しているということになる。パンツの時も何か同じことが起きているのでは?」
「ふむふむ。なるほどところで、川尻よ彼女とはどういう関係なんだ?」
「パンツを見ただけだ」
「いいや違うね。彼女はお前を見た時パンツ君と呼んでいた。そしてお前も名前も知らない人間なのに、初めて会った口ぶりじゃない。お前、俺に何を隠している?」
江尻が僕と彼女の関係に言及しようとすると、僕は口を塞いだ。救えなかった人にこれ以上何ができるのだろうか。
ただ、君が彼女を救う。僕と彼女の関係はこれで終わり、それでハッピーエンドだ。
「僕は、彼女と約束をしている。僕はこれ以上干渉することはできない。これを解決するには、君みたいに頭が良くないんだ。パンツしか考えない馬鹿なんだ。パンツもほかのことも考えられる君とは違うんだ」
それから僕たちはしばらく口を開かなかった。
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