第2話ノーパン女学生はどこにいる?

 まっこと奇怪である。

 僕はノーパンの幽霊を見たというのか? もちろんそんなはずはないことは、百四十七という観測回数から彼女が空想の産物ではないことを断じて言い切れる。そして江尻の多数に及ぶつながりから何十人も彼女を目撃したというのを聞き及んでいる。しかし、彼女の顔も名前もそして在籍しているクラスさえも知らないというのだ。いるはずの不明な生徒。これほど奇妙で奇怪なことはパンツの真理の次に難解だ。

 学校の鐘がお昼休みを告げると、クラスのみんなが一斉に今日のお昼を買いに外に出るのとは反対に、江尻は白い歯を浮かせて僕の席に寄ってきた。現状ノーパンである以外正体不明の彼女の居場所を探るには情報が足りない。そこを補うには顔が広い江尻の力が必要だった。


「朗報だ同士川尻。俺のライン友達から、かのノーパン女子生徒の有力な情報が得られた。バッグだ。うちの学校のバッグの紐には学年を識別するために色分けがされているだろ。件のノーパン女子生徒はバッグを提げていた。その紐は青だから俺たちと同じ学年の人だ」

「なるほど、同じ学年と言うなら僕等のクラス以外を探し当たるというわけだな。もし彼女がここのクラスの人であったというなら、僕の目はパンツしか見えていないということになる」

「とても素晴らしい目ではないか。しかし、おかしい。どうしてバッグの紐の色はわかったというのに、彼女の正体がつかめないんだ?」


 江尻が腕を組みながら彼女の正体不明さを悩んでいる。確かにそうだ。僕も彼女のスカートとその下にあるお尻とバッグは見えたのだが、それ以外の彼女という存在については全く見えていなかった。まるで彼女の認識をそこだけ可視化できるように設定されたような、狐に化かされたような感触であった。

 とにもかくにもだ。彼女の学年が分かった以上、行動をしなければならない。パンチラを拝むためには自ら動かなければ見られないと同様に、何事も行動に移さなければ何も始まらないのだ。


 昼休みも半ばを過ぎたところで、僕等は力尽きた。彼女の正体に関しての情報が同じ学年すべて虱潰しらみつぶしに聞き回ったが一切なにも得られなかった。そもそもの話そこまで絞れているのなら、他の人がとうに見つけているはずだ。しかし見つからないどころか、ノーパン女子学生という話だけが独り歩きして、さも痴女の幽霊女生徒がこの学校にいるのではないかとおかしな話にまで発展していたのだ。

 まったく失礼なことだ。僕は彼女のスカートとパンツとそこから伸びるつるりとした健康的な大腿を百四十七回も見てきたのだ。そんな彼女が痴女であるだと? まったく見識のない人たちはこれだから困るのだ。しかし、全く成果を上げていないという事実に僕も江尻もぐったりとして、開いた窓にもたれかけ温かな日差しの中で体力を回復させている。


「なんなんだこの学校は……あの渦中の人物であるはずの生徒を誰も知らないだなんて、奇妙だとは思う人は誰もいないのか?」

「現代日本の個人主義の弊害という奴ですな。きっと誰かが消えたとしても自分には関係ないと無視するという」

「嘆かわしい。では誰がパンツを発見しないといけないのか」

「その通りだ。誰かがいてこそスカートの中の花園を見ることはないのだ!」


 ――そうだ! 

 僕も答える。僕は常にパンツに関心を持っている。これすなわち、常に誰かに関心があるということなのだ。薄情な現代の個人主義の中においてはこれは重要なことではないか? たしかに僕等が声を上げていることは決して手放しで称賛されることではないが、その人を知らないという薄情なことよりは数段良いことだ。僕等はその信念を曲げることはない、たとえ今、僕等の熱い力説に周りの女子たちが白い目を向けていたとしても……だ。


「しかし腹が減ってはパンツは見られぬという」

「たしかに、もう半を回っているのにお昼まだだ。売店にまだパンが置いてあればいいのだけど」


 すきっ腹の僕等は、スカスカのお腹の叫びを手で抑えながら売店にへと向かう。学校の突き当りにある売店の周りには僕らのほかに学生の姿ない。お昼も半分も過ぎていることに加えて、大抵この時間には碌なパンは置いていないからだが、幸いにも焼きそばパンなど腹を満たしそうなパンがいくつか残っていた。僕が三つ並んでいる焼きそばパンを一つ手に取ろうとした時である。

 真ん中の焼きそばパンが一瞬にして。パンツが消失し、今度はパンが消失とはなんの笑えないギャグなんだ。

 その次の時には売店のカウンターに硬貨が突如現れた。しかもちょうど焼きそばパンの値段三百八十円ちょうどだ。周囲には僕と江尻以外の他買いに来ている人はいない、だが間違いなく僕ら以外の人がここにいる。正体不明の謎の存在に僕が戸惑いを見せるが、悔しいことに江尻は踵を返して廊下の反対側を駆けた。


「川尻、スカートが見えた! 女子学生だ追うぞ」

「江尻、僕にはなにがなんだかさっぱりだ。パンが消えて、お金が突如現れた。そしてパンツにしか興味がない江尻がどうしてその透明人間を追いかけるのかもだ」

「分からない。原理もさっぱりだが、ここで逃したらいけないとシックスセンスが呼んでいる」


 江尻が指さすと、窓から入ってくる太陽の光が何もないところに薄く影を形成している。しかもその影は女学生特有のプリッツスカートの折れ目がゆらゆら魚が泳ぐように揺れていた。

 僕が江尻の後を追いかけると、背後で売店のおばちゃんの呼び止める声が聞こえた。


「お兄ちゃんたち、パン買わないの? お金置き忘れているよ!」

「それ僕等のじゃないんです。それにパンはもうもらっているんです」


 おばちゃんは首をかしげながら、透明人間の置いていったパンの代金を握り締めていた。




 だいぶ廊下をかけて行ったが、昇降口の前で江尻が急に停止した。辺りにはしっかりと色素のあるブレザーの制服を着ている生徒が往来しているだけでどこにも透明人間がいる様子はない。

 江尻は目を皿のようにして探しているが、おそらく見失っていたのは明らかであった。しかし、僕は江尻の名誉のためあえてまだ見失っていないように言葉を紡いだ。


「江尻、透明人間はどこにいるんだい。それとも件の彼女がいたのか?」

「いや見失った。売店のあたりのときはスカートの影が見えていたんだ。それを追っていたんだが、ここじゃ人が多くて見分けがつかない」


 人がひっきりなしに行き交う昇降口では、影が幾重にも重なっており、右を見ても左を見てもスカートとズボンの影ばかりだ。そこにたった一つの薄いスカートの影を見つけるのは困難だ。それでも江尻の目には諦めという言葉は浮かんでいない。次はどうすればいいのか江尻は思案している。僕より頭の良い江尻の真剣な表情だ。


「江尻とにかくここは二手に別れよう。もしかしたら上に上がっているかもしれない」


 僕は考えるよりも先に行動を起こして、階段の段に一つ足を置く。すると、生徒の話し声が飛び交う中でペリペリと湿気をたっぷり含んだサランラップを引きはがすわずかな音が階段下から聞こえた。

 階段下にはさっきまで人っ子一人いなかったはず。しかし僕は直感を信じて蛍光灯の点いていない階段下を目を凝らして覗いた。驚くべきことに、ポニーテールの女子生徒が一人寂しく食事をしていた。その埃積もる薄暗い階段下にて、彼女の体はスケスケのランジェリーのように、透けていた。そしてその手には、先ほど消失したであろう焼きそばパンが半透明になり、四分の一ぐらいに残されていた。


「……?」


 そのあだ名を聞いて僕は彼女がやっと百四十七回も見たパンツの彼女であるとわかった。

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