君のパンツはどこに消えた?

チクチクネズミ

第1話その時、見慣れたパンツは消えた。

 彼女のスカートが捲れ上がったとき、僕は失望した。



 純白の桜の花びらが漆黒のアスファルトの上に落ちた時期。通学路の途上にかかっている橋を上がったところで、散った花びらと共にスカートが風で舞い上がる。すると中にある一枚の布――パンツが消えていた。

 大腿から上にある丸出しのつるんとした小ぶりの臀部が丸見えで、あの聖なる三角形態の守護壁パンツが消失している。いやこれは穿いていないという部類に入るのだろう。

 通算百四十七回目の観測にて由々しき事態だ。女の花園たるスカートの中にパンツがないだなんて、一体何のためのパンツであろうか。


 すると彼女の周囲で登校中の男子が不躾な丸出しの尻に歓喜の声を、女子は変質者に出会ったように悲鳴を上げていた。そんな声を周囲があげたゆえに彼女は慌てて捲れ上がったスカートを押さえつけ、アスファルトを蹴り上げ、いつも揺れていたスカートの代わりにカバンをゆっさゆっさ揺らして衆目から逃げ出した。

 僕の横を通っていった男子二人は「眼福眼福」と今朝の小さな喜びのハプニングであると捉えているが、そんなことでは僕の中では断じて否と心の中で切り捨てた。


 いつも登校中の名前を知らない彼女のパンツを見ていた僕は、彼女に会いたいという衝動に駆られた。――穿



 いつもはとろんと眠たげな空気が漂う息苦しい教室の中は、今日だけは男子たちの目がぱっちりと開いていた。

 その諸原因はお尻丸出しの彼女の話題であることは、自分の席に着くまでによく聞こえていた。僕もそうであるが、思春期真っ盛りの健全な肉体を持つ男子が女子の体や持ち物に興味を示すのは物の道理であろう。しかしながら、女子の軽蔑する視線を全く気にも留めていないというのは、怠惰的ではないか。僕の席がある列を曲がると、僕の机には我がパンチラの同士でありクラス一の秀才たる江尻がニマニマと笑って腰かけている。


「よう同士、うざったるい学校の早朝を吹き飛ばす素晴らしい知らせを聞いたかね」


 どうも今朝のハプニングの話題は彼にも聞き及んでいるようで、僕の到着を待っていたようだ。僕は気だるげに降りるように手を払って退けさせると、気だるげに答えた。


「僕は直に見たよ。とてもひどいものだあれは」

「おいおい、酷い言いようだな同士川尻。君は同じパンチラの士ではないか。それが可愛らしい小尻を直で見られたのだぞ、俺は羨ましい。一体どんな尻なのかを、直で見たという同士川尻にじっくりと聞きたく歩み寄ったのだよ」

「君は尻さえ見えればそれでいいのか? 僕は最悪だと思うがね」


 同士江尻は不服であると言わんばかりであるが、これはパンチラの方向性の違いであろう。パンツを穿いているとパンツを穿いていない。一枚の三角の布があるのとないとではその女性の人格・性質を大きく狂わせるのだ。

 例えば教室の廊下側の席でひそひそ話をしている女子二人は、ぼくの観測上パンツをご拝謁できたのは通算四回だ。

 片方は可愛らしいウサギさんパンツ、もう片方は体操服を着ている。前者は内に秘める少女性をパンツに内包し、後者は身持ちの固さを表している。事実、後者の彼女は髪を茶色に染めていて傍目からすれば遊んでいる学生と見られるが、実際にはそんな噂など毛ほどもない。僕のパンツへの好奇心による観測成果による一種の仮説はパンツ統計によってほぼ合致しているのだ。


 パンツは女の子の内面を表しているのだ。


「おいおい、俺たちは同士ではなかったのか? パンツとは女子のお尻を守り、強調するためのものではないか、それを丸出しで拝めたのだぞ」

「違うね。僕はパンツには色々なものが隠されている。そこに味わいがあるんだ。江尻、それに僕が思うのは、なぜ彼女がノーパン主義などというつまらない主義に陥ってしまったことに尽きるんだ。まず彼女はそのような主義の持ち主ではないことは僕は熟知している。僕はそうなった理由を知りたいんだ」

「ほう、それは今朝のお尻丸出しの彼女が同士川尻とお知り合いであるということからか?」

「いや、まったく。僕は彼女の名前を知らないし、どこのクラスの人なのかもしらない」


 そう、僕は彼女がどこの誰なのかただパンツだけしか知らないのだ。しかし、ことパンツのことだけを述べるなら彼女がノーパン派であることも、本日たまたまノーパンで来たという結論もに僕は断じて違うと言い張ることができる。

 彼女と初めてパンツのファーストコンタクトをして以降、総計百四十七回、総合十六種のパンツを見てきた。だがその一度だって、彼女はノーパンなどという痴女スタイルはなかった。この半年でだ。この半年で僕は名前も知らない彼女のパンツを百四十七回も見てきたのだ。このパンチラした統計的事実が彼女の本日の出来事に異常を考えずにはいられないということを突っ張ることができる。

 だが残念なことに、この百四十七回のパンチラ統計を皆の前で主張すれば、僕はたちどころに生徒指導室という学校の監獄に投獄される羽目になるのだ。


「おいおい、名前も知らずに見ていたのかよ。俺なら、そのノーパン学生を探して聞きまわって探す労力を惜しまないのだが」

「ではもう聞いたのかい。そこまで江尻のノーパンに対する執着力ならとっくに彼女を探し出しているのだろ」


 しかし江尻は、歯を浮かせることもなくただ目をつむったのだ。自然な笑みを武器にして交友関係が広い彼にしては、まったく珍しい敗北感を味わっている表情だ。


「……残念なことと不思議なことが混在している。

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