第26話 雨音の意思

 晴斗はるとからの言葉で私は咲斗さきとを振った方がいいと自覚した。だから、今、昼休み中に屋上に呼び出した咲斗を私はいつ来るんだろう、とソワソワしながら待っている。

 相変わらず、屋上のさらに上で堂々と光っている太陽はプールの水面を綺麗に反射させている。

 その太陽の熱は結構暑くて、もうすぐ夏が来るのを感じられる。

 静寂で私一人だけの虚しい屋上。

 この屋上がずっと空虚なままであって欲しいと、微かに思うこともある。

 しかし、そうにはいかなかった。呼び出された咲斗が悠々と屋上に現れたのだ。


「急にこんな所に呼び出してどうしたの?」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓の鼓動は勢いを増した。どくん、どくんと、自分の鼓動を正確に感じられる。


「······ちょっと話が」


 弱々しい声色で私は言った。

 身体からだの体温がさっきよりも増すのを感じる。それは恐らく緊張からだろう。だけど、その緊張も乗り超えないと、振ること、愛花との友情を維持することが出来なくなる。

 だから、私は勇気を出すべきなのだ。


「あの、実はさ······」


 だが、思った通りの言葉が出てこない。もういい! どうにでもなれ! 私は次こそ覚悟を決め、咲斗に告げる。


「私、咲斗のことあまり好きじゃないかもしれない。だからさ別れよ。初めに告白された時は嬉しさとかが先走っちゃってオッケー出したけど、実際付き合ってみたら付き合うってこうゆうことなんだな、って実感も出来た。だからこそ咲斗が私にあまり合わないことも知れた。――だから別れよ」


 言ってしまった! 咲斗の顔を直視することが出来ないまま私は俯いている。

 これで納得してくれるか、付き合うのをやめてくれるか。そして愛花の恋愛相談にも普通に乗ることが出来るようになるのか、私の脳裏はそんな憂い事に支配されている。

 しばらくの沈黙。私が言い切ってからもう五秒程時は経った。何、この間。今、屋上という一つの空間を支配しているのは緊迫する空気。それは静かで空虚さも感じられる。だからこそ今、この時間が苦しい。この空間にいるのが苦しい。

 私は覚悟を持って咲斗からの返事を待っていた。そして彼は緊迫する雰囲気の中で静かにゆっくりと口を開いていった。


「んじゃあ僕が雨音あまねと付き合うぐらいの価値のある人間になる。雨音と釣り合うぐらいの男になる。だから――この状態を僕は維持したい」


 晴れやかな咲斗の笑顔はどこかに行き、今の咲斗は暗い。

 やっぱりそう簡単に付き合うことをやめてくれない。


「それに僕達はまだ付き合って八日だよ? だからもう少し僕のことを見て欲しい。雨音に相応しい彼氏かどうか」


 私にさらに追い討ちを掛けるようにして別れを咲斗は拒んだ。

 確かに咲斗の言う通りでもある。だが、それはすなわち、『偽物』の恋を『本物』の恋に変える過程でしかないのだ。

 そんなんなら初めから『本物』の恋をしていたい。『偽物』の恋はしたくない。

 だから咲斗が何を言おうが言うまいが私の決意は初めから決まっている。


「それでも、『偽物』の恋は『偽物』でしかないんだよ。幾ら咲斗が才色兼備って言ったってそんなの関係ない。好きになる人は個人で決めるべきものだから······」


 明らかなる意思を込めて言葉を放った。これにはさすがの咲斗も驚きの表情を浮かべている。だが、それをすぐ取り繕うと咲斗はまた口を開けた。


「じゃあ分かった別れる」


 淡々と深々と、咲斗は言葉を悲しげに放った。

 これに密かな安堵感を浮かべたが、


「だけど」


 と、咲斗が付け加えてきたのでそんな安堵感も消えた。


「僕は諦めない。それぐらいに雨音が好き。だから付き合っていない友達の関係を持って僕は雨音からの好感度を上げたい。そうすればもし、次付き合った時は『偽物』の恋じゃなくて『本物』の恋を雨音は初めからすることが出来る」


 どこか自信げに。私をそうさせる自信があるかのように早々と言葉を繋げていく。

 咲斗が言いたいのは一度友達に戻って、関わりあって、そして友達の内に私を好きにさせるということだろう。

 だけど何でそんな自信げに言える? 私には分からない。


「だから僕は――」


 ここで咲斗の言葉を遮るかのように予鈴は鳴った。

 屋上までその豪快な音は届き、そして消える。それにどこか寂しさを感じたのは私だけではないだろう。


「もうチャイム鳴ったから私、戻るね」


 そして私は屋上から姿を消した。そのまんま達成感など何も感じず、教室へと足を進めた。

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