第25話 本物の恋と偽物の恋

 玲香れいかから相談を受けさせられるし、雨音あまねから彼氏がいると告げられるし、あまり話したくなかったそれについて玲香に話すことになったし、今日は色々と大変だった。

 俺は帰宅後、すぐベッドに仰向けになり今日の疲れを癒している。

 雨音から彼氏との情報をこうとしたのに、「そのことは訊かないで」とか、言われてしまい、結局何も情報を得ていないのだ。


「あの咲斗さきとって奴で良かったのか······」


 一人、ベッドに仰向けになり不意に出たのはそんな言葉。

 ――本当に雨音は咲斗と付き合うべきなのか。いや、違う。

 憶測に過ぎないかもしれないが、雨音は咲斗の事を本気で好きになっていない。

 俺の心があのデートの時、そう言っていた。

 それがもしも事実だとしたら何で付き合ったんだ。その理由は案外身近で単純なものだと咲斗に出会った時に知った。

 雨音は咲斗からの告白に対して軽率けいそつな返事をしたのだ。顔がいいからとか、そこら辺の咲斗の長所が雨音をそうさせたのだと思う。


「何で俺は反対出来なかったんだ」


 その理由も単純明快。

 雨音が本気で望む『本物』の恋だという確率は皆無かいむではなかったから。

 あの妙に朱に染まった頬。それがその確率が皆無でないことを俺に示唆しさしていたのだ。

 そんな雨音の恋愛模様について考えていると睡魔は急に襲ってきた。


「もう今日は疲れた。寝よう」


 そのまま俺は夢の世界へと誘われ、意識を失った。



 ***



「――っ!」


 次に俺が目を覚ました時は頬に妙な痛みが走った時であった。

 ――ビンタされた。

 相変わらずめちゃめちゃ強い力で雨音がビンタしてきたのだ。

 本当に痛い。何、俺の妹って怪力なの。


「起きて!」


 痛みに耐えながらも俺の鼓膜は雨音の声によって振動させられた。


「何だ、雨音」


 いつも通り、何の変化もない声色で俺は言った。


「とりあえず私の部屋来て。来なかったらまたビンタする」


 そう言って雨音は俺の部屋を去って行った。

 全くもって意味が分からない。何のために俺をわざわざ部屋に連れて行くんだ。その理由がはっきり見えてこない。

 俺は雨音の命令だったので嫌がることもせず、すぐ自室を出て雨音の部屋へと向かって行く。


「入るぞ」


 軽くノックをした後で確認するようにしてそう言った。

 そして扉を開ける。部屋の中には雨音が存在感を放ちながら立っていた。


「何かあったのか?」


 俺は妙な不安や期待を持っていた。

 さて、どんなことを雨音が話題に出すのか楽しみだ。

 そして雨音は恥ずかしさを隠すようにして言う。


「彼氏のこと······」


 頬はさらに朱に染まった。

 彼氏? やっと俺に話す気になってくれたか。

 だが、頬を朱に染めながらそんなことを言う雨音を見るのは俺にとってはあまり好ましいことではない。

 ――その朱色は『本物』なのか、と思ってしまうのだ。

『本物』ならば、雨音は本気で恋をしているが、もしも嘘だとしたら、全く恋なんてしていない。


「······」


 よくよく考えてみたら、そんな嘘偽りだらけの恋愛についての話を聞いたら俺の気分はめちゃめちゃ悪くなるかもしれない。

 だから瞬時に言葉は出なかった。

 俺は何を言うことが出来ず、暗い表情で俯きながらも立って自室へと戻ろうとする。

 そんな時、


「ちょっと待って!」


 と、雨音が俺の腕を掴んできた。


「――今、私どうすればいい?」


 そして急にそんなことを言ってきたのだ。単刀直入すぎて話が全く理解出来ない。


「――咲斗と別れた方がいい?」


 次に雨音から漏れ出たのはそんな言葉。

 一瞬、雨音は何を言っているんだ、と思った。

 俺が疑問をぶつける前に雨音が先に口を開く。


「私の友達のね愛花あいかって子が実は······咲斗のこと好きらしいの。それで私も相談に乗った。付き合っている時なのに相談に乗っちゃった」


 なるほど。大体理解出来た。

 要は雨音は自分が友達の好きな人を盗ってしまったということを反省しているのだ。だが、本気で好きならば友達のことなんて考えず、彼氏を独占したがるはず。

 そんな心情が全く見て取れない雨音の恋愛は欺瞞ぎまんだ。咲斗に重い嘘をいている。

 嘘を吐きまくって、必死に相手の魅力に気づこうとして『偽物』の恋を『本物』の恋に変えようとしている。それは当然、好ましいことではない。だから俺の脳では雨音がどう行動をるべきかを瞬時に判断出来た。


「――別れた方がいい」


 ぽつん、と俺らの空間にはその言葉だけが流れる。

 何、この空気。めちゃめちゃ喋りずらい。

 俺は低いトーンで自分がとても真剣に言葉を放ったことに今、気づいた。だが、真剣というのに嘘はない。だからその態度、様子を維持しつつ雨音に言う。


「雨音、お前が今しているのは『偽物』の恋だ。相手の魅力を必死に探そうとしている。だから『本物』の恋をした方がいい。もっと別の相手を見つけた方がいい。もしもそれでも自分の恋が『偽物』だと思えないのならば、咲斗と付き合い続けて愛花って子にも素直に謝った方がいいと思う。それとは対照的に『本物』ではない、と思ったなら咲斗を振って、愛花って子の恋を応援した方がいいと思う。まあ、決めるのは雨音次第だけどな」


 ここで雨音は何かにふと、気づいたような驚愕の表情を浮かべていた。


「『偽物』の恋か······」


 そして落ち込んだ調子で言った。

 やはり、雨音は『偽物』の恋をここ一週間していた。決して『本物』の恋には出会っていなかった。

 だから咲斗は雨音にとっての恋人には相応しくない。それに気が付かされたのだろう。

 この世界、顔面だけじゃないんだぞ。性格も重要なんだぞ。


「私は咲斗の事が好きじゃ······ない?」


 首を傾げ、疑問符を浮かべてきた。だが、自分の心は自分でしか分からない。よって俺がそんな質問に答えられるはずがないのだ。だが、相手の心、自分しか分からない自分の心が分からなくても、好き、という場面に出会ったことに対しての共通認識ならあるはず。


「咲斗といてドキドキするなら好きなんじゃね?」


 そう、それは男女二人でお互いに鼓動を速くしながら頬を赤く染め笑顔を絶やすことなく話し続けることにとってのドキドキ。

 まあ、そんな場面俺が見ることになったら即、近くのマンションの屋上で「リア充共死ね!」とか、叫んでいるかもしれないけどな。


「――じゃあ多分好きじゃない」


 淡々と雨音はそう言った。

 雨音とカフェで出くわした時、そこには川崎かわさき咲斗という雨音の彼氏がいた。

 雨音はその子と仲良さそうだった。だけど、それは『友達』としての仲の良さ。雨音が前言の中に『多分』と、入れたのはもしかしたら『友達』としてではなく『男女』としての好きを期待していたからだと思う。


「好きじゃないなら別れた方がいい。その後は全部雨音が決めた方がいい。もしも多分ないと思うが、あの咲斗が別れの腹いせに暴力を振るってきたのならすぐ俺に言ってくれ。その時の咲斗は俺がぶっ潰してやるから」


 何も崩すことなく真剣な顔と声色。それを保ち言葉を選び、その言葉を放った。


「······ぶっ潰すのはやめてね」


 苦笑いを浮かべながら雨音はそんなことを言ってきた。しかし、その仮定の話が真実になった時、俺は間違いなく咲斗をぶっ潰す。

 だからその頼みは聞けそうにはない。


「とりあえず好きじゃねえなら別れた方がいい。直接が厳しかったらメールとかで振るのがいいかもな」


 まだ雨音は「振る」と、言っていなかったが、俺はもう別れを告げる手段について考えていた。それ程俺は雨音の『偽物』の恋を終わらせたいのだ。


「咲斗、スマホ持ってないからメールとかやってない」


 雨音の表情は少し暗くなった。

 俺も考えてみたが、スマホを持っていない以上、直接か手紙で伝えるしか方法はない。

 咲斗は何でスマホを持っていないんだ! あの容姿からして優等生という雰囲気を醸していたからスマホ禁止なのか。何だよ、優等生って。スマホ持たせてもらえないなんてキツすぎだろ。俺だったら泣いて泣きまくって両親に買ってーって頼むぞ。


「ちなみにだけどさ」


 俺は前置きをした。それに対して雨音は首を傾げている。


「どっちから先に告白したんだ?」


 その疑問は些細な疑問。振る話ではなく、それ以前の告白についての話だ。

 だが、昨日の出来事から咲斗から告白をしたという予想はついていた。

 それでも仮に雨音から告白をしたのなら、告白しといて振ることになる。だから雨音の評判が下がってしまう可能性がある。そうならないために慎重に行動して、言葉一つ一つ選んで丁寧に振る必要がある。

 この質問は意外と重要なのだ。


「咲斗」


 ぽつん、と恥ずかしさを隠しながら雨音は言った。

 そして俺は安堵した。これなら丁寧に振る必要はない。極端に酷い振り方じゃない限り雨音の評判は落ちることは無いはずだ。


「じゃあ直接、咲斗とは別れるねって言ってやれ!」


 少しの喜びを含んだ声色。それに気づいたのか雨音は怪しげな目をしている。


「そんなあっさり言えるわけないじゃん」


 そしてため息を一つ。

 実際、雨音は今、物凄く悩んでいるだろう。

 どうやって振れば、咲斗が悲しまず、ハッピーエンドにすることが出来るのか。

 だが、そんなの悩んでいても仕方ない。実際、振ることに変わりはないのだ。だったら遠回しの言い方でも振れば、咲斗は悲しむ。

 だから普通に振ればいい。咲斗が嫌がらせをしないようにと少し気を使って振ればいい。

 それだけの話なのだ。


「もしも、雨音が振れないなら代わりに俺が咲斗を振っといてやろうか?」

「嫌! それだけはぜーったいやだ! それこそ一番最低な振り方じゃない」


 雨音は物凄く嫌な顔をした。

 振る時は自分の口で自分から言いたいのだろう。だから俺を使って振らせることは雨音には出来ない。


「それなら明日自分の口で伝えるんだな。頑張れよ」


 俺は雨音の頭にポンっと手を載っけた。やっぱり髪の毛さらさら。ずっと触っていたい。

 そんなことを思いつつ俺は立ち上がり、雨音の前を去ろうとする。


「――ちょ!」


 俺は腕を掴まれ、動きを止められた。考えるに相談を受けて貰ったから金ちょうだい、ということだろう。


「はいはい千円あげるって。頑張れよ」


 そして、俺は雨音の手に千円札を収めさせ、部屋を後にした。

 その際、扉を隔てた向こう側で雨音が何か言っていたが、聞こえなかった。

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