第7話 最悪で最高なテスト週間
「ただいま」
地獄の授業というものが終わり、俺は帰宅した。
中学校はもうテスト週間という魔の手の内に入っている。そのため、部活もない。
ということは帰宅してすぐに
テスト週間最高!
まず、雨音の顔を見る前に夏服を脱ぐ。ちなみに俺はボタンを上から外すタイプだ。
次に自室へと向かい部屋着に着替える。
その際、隣の雨音の部屋からは苦しそうな声が聞こえてきた。勉強に苦戦中なんだろう。
その苦しそうな声を早く取り消すために俺は自室を出て廊下をすたすた、と早歩きをする。
最後にノックをして雨音が返事をする余裕がないほどの早さで扉を開けた。
「何か
早く教えたい。そんな欲が俺を
「······あるけど」
その声はどこか弱々しく雨音は俺を引いているようだ。
だが、そんなのには気にしない。とりあえず俺は今、雨音の役に立ちたいんだ。だから勉強を教えたいんだ。
「なら、その問題を見せてみろ」
「何円?」
こいつ······雨音は早速相談を受けさせてくれる代わりの値段を要求してきた。
「·····千円」
俺は弱々しく言った。この金額で
「分かった。じゃあよろしく」
しかし、雨音は認めてくれた。俺は正直「そんな金額じゃあ無理。出てって」とか、冷たくあしらわれると思っていた。こんな偏見を持っていたお兄ちゃんを許してくれ。
雨音から了承を得たので俺は千円をあげた。このままでは俺の財布が虚しくなるのも時間の問題だ。
そして、俺は雨音に晩まで勉強を教えることとなった。
***
「疲れたー」
雨音が伸びをしている。まあ、無理もないだろう。今日一日ずっと勉強に勤しんでいたのだ。中学生の頃の俺だったら絶対途中でサボっていた。
「よく、こんなずっと俺の教えを聞いて集中出来たな」
俺は雨音を感心した。
数学の出来は悪いが努力はしようとしている。ならば、今回の試験はそれ相応の結果が出てくれてもおかしくない。
「まあ、全てはお金のおかげだね」
しかし、俺の感心はその雨音の一言で掻き消された。
結局は金が雨音の勉強のやる気を促しているらしい。ということは俺の現在の立ち位置って勉強を教えてくれて、金もくれるお兄ちゃんってことか。
そのお兄ちゃんはすごく悲しいな······。うん、それにすごく本当に可哀想。
俺は自分を哀れんだ。
なんて、自分は惨めなんだ、と。
「なあ、雨音」
そして、俺は自分の哀れさを知っておきながらも雨音に声を掛け、疑問をぶつけることにした。
「今の俺って雨音の家庭教師的存在で勉強を教える度に金をくれる、言わば金づるみたいな存在なのか?」
意を決して言葉を放った。
鼓動は速くなるばかりで落ち着かない。少しは冷静になれ、俺。
それでも一秒、一秒と時計の針は時を刻む。
次に雨音の口から辛辣な言葉が出されたら俺は死ぬ。間違いなく魂の一つは抜ける。
「うん。金づるだよ」
そして、雨音の口からは辛辣な言葉が放たれた。
はい、死にました。俺死にました。
本当に魂が抜けたように俺の足元はふらふらした。
あの
「······容赦ないな」
何とか体勢を整えて言った。
本当に雨音は容赦ない。せめて「金づるとかなんかじゃないよ」とか、言って欲しかった。
所詮、俺は勉強を教えて、金を提供するだけの存在。
何かめちゃめちゃ悲しくなってくるんだけど。
「まあ、感謝はしてるよ。だって勉強教えてくれてお金もくれるもん」
二文目は要らなかった。理由が俺の妹ならではだ。
だけど、感謝の気持ちは素直に受け止めておこう。これは一ヶ月前と比べるとすごい進歩だ。
俺は今まで雨音の口から「ありがとう」を聞いたことが無かった、と言っても過言ではない。そんな雨音が「感謝してる」と、言ったのだ。これはもう、「ありがとう」って言われたこととイコールになるよな。
俺は聞き逃さなかったぞ。ちゃんとこの耳で聞いた。
だから俺は何とか悲しみから抜け出すことが出来た。
「こっちこそありがとな。次のテスト期待してるぞ」
そしたら何故か、雨音に睨まれた。え? 今の言葉どこか悪い点あったか?
「期待するな!」
どうやら、期待されたくないらしい。恐らく、俺からの期待に応えられなかった時に申し訳ない気持ちになるからだと思う。
そりゃ、雨音だって兄に申し訳ない、と思うことぐらいあるだろ。
それなのに謝られた回数はゼロ回なんだけどね。なんでだろうね。
「まあ、そんなプレッシャーを掛ける先生みたいなことはしないぜ」
実際、俺は今日、先生にものすごいプレッシャーを掛けられた······。
「んじゃあ私が数学二点取ってもなんも言わない?」
心配そうに雨音は俺に
二点······雨音がその点数を取るはずがない。あくまでも仮定の話だと分かっているが、仮定がすぎる。
恐らく、それほど雨音は数学に自信が無いんだろう。だけど、今日は俺がみっちりと教えた。自分で気付いていない力が備わっているはずだ。
「大丈夫。まずその点数を雨音は取らない。俺がみっちりと教えたんだ。苦手意識何か無くして、得意意識だけを持て。そうすればテストにも自然と頭が働くはずだ」
そして、最後にニッコリスマイル。
俺が雨音に命令したのがおかしいのか、雨音はぽかーん、としている。
確かに俺が雨音に命令するのはおかしい。だけど、こうゆう何かを伝える時は真面目に伝えなければならない。
俺も兄だ。
雨音をひたすら甘やかすだけのシスコンではない。言わば出来るシスコン。俺はシスコンカーストのトップに君臨していると思う。
俺の真面目な発言を聞いた雨音は驚きながらも、その表情を隠すようにして俯いた。
「······まあ、
俺は雨音を可愛いと思った。
何その俯き具合。めちゃめちゃいい角度なんだけど。
「お、おう」
雨音の容貌を見ながらゆっくりと頬を赤く染めていった。
「じゃあ、もう七時になる頃だし夜飯にするか」
俺が話の筋を変えると、
「う、うん」
と、雨音は珍しく頷いた。
何故だか、その時の雨音の顔はどこか懐かしかった。
「じゃあ、準備してるから。作り終えたら呼ぶな。後、無視すんなよ」
「声出すのは面倒だから無視する。ちゃんと耳に聞こえてるから」
雨音の発言の内容は冷たかった。しかし、声音はいつも引いている時のものとは少し違った。分かりやすい比喩で例えるならば、氷河ほど冷たかったそれが冷凍庫ぐらいの冷たさになる感じだ。
「はいはい。無視してもいいから下には降りて来てね。んじゃあな」
その言葉を後に、俺は雨音の部屋を出て行った。
さて、夜飯でも作るか。
そして、いつもの何の変哲もない台所へと立ち、雨音と俺のための夜飯を俺が作り始めた。
否、今晩の夜飯も沈黙が続かないことを祈り、夜飯を作り始めた――。
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