第6話 テストと授業

 雨音あまねの中間テストまで後、七日。

 俺の中間テストまで後、十二日。


 こうやって中間テストまでの残りの日付を授業中ではあるが、ノートに記してみると、自分たちが結構ピンチな状態だと嫌でも教えられる。

 特に雨音。残り七日で今朝教えた数学の問題が解けないのは中々致命的。あの計算が出来ないのならば、応用問題はおろか、基本問題でさえ解けないのかもしれない。

 ならば、俺が教えてやって数学をせめて八十点以上は取らせてやる。もちろん、数学だけに限らず他の教科も教える予定である。

 まあ、教える度に金が持ってかれるんだけど······。


「おい、晴斗はると!」


 そんなことを考えていた時、誰かが俺の名前を呼ぶ声が耳に入った。授業中にこんな大きな声を出して俺の名前を呼ぶ人は先生ぐらいしか思いつかない。


「は、はい!」


 先生がこちらを睨んでいたので、焦って返事をした。


「はい、じゃねえよ! 五回もお前の名前を呼んだのに、その内の四回が無視ってどうゆうことだ!」


 先生は怒っていた。

「どうゆうことだ」何て言われても知らないし、「こうゆうことだ」と、返事をしたくなる。

 それと、五回って言うのは盛っただろう。本当は三回とかそこら辺だと思う。

 しかし、そうやって返事をしたら呼び出しを食らうかもしれないので、ここは冷静に謝ることにした。


「すみません」


 外面、めちゃ真剣に謝っているが、内面は、そうではない。

 この間にもどうやって雨音に数学を教えればいいのかを考えているのだ。

 本当に自分のテストより妹のテストの方を優先するだなんて俺はすごいシスコンだな。

 まあ、これは一種のステータスなので、この学校で一番ステータスの高いのは間違いなく俺だろう。

 シスコン、最強! いつか雨音がブラコンになる日を夢見て、今日も一歩前進だ!


「んじゃあ、この問題。前に出て解いてみろ」


 だが、俺は残酷なことを命令された。この問題、とは先生が黒板にチョークを乱雑に叩いて、書かれた数学の問題。

 この先生舐めてるだろ。

 俺が数学を大の不得意だと分かりながらも難しい問題を解くように、先生は言ってきたのだ。

 もうこれ一種の嫌がらせだよな。

 渋々、俺は席から立ち上がり、雨音についてで埋め尽くされていた脳は一気に目の前の数学という災厄の問題を考える脳に変わった。

 しかし、黒板の前に出て真剣に考えた所でわかるわけがない。なんせ、この時間の授業は一切話を聞いていなかったのだ。聞いているフリだけをしていた。なのにまさか自分が指名されるなんて思ってもみなかった。

 ――くっそー、最悪だ。

 数秒考えた所で俺は降参した。


「······先生解りません」


 その時、まもるの顔が眼中に入った。

 笑っていやがる。嘲笑ちょうしょうしてやがる。

 その馬鹿にしたような守の視線は「こんな問題も解けないのか?」と、言っていた。

 まず、解けるわけがない。

 なので、馬鹿にしてきた守に「じゃあ、お前は解けるのかよ」と、視線を返した。そしたら守の奴、首肯しやがった。

 まさに以心伝心。これが守じゃなくて、雨音だったら良かったのに、とか考えてしまう。


「晴斗、もう戻っていいぞ」


 そんな時先生は俺に言った。何故かその声音には優しさと哀れみが含まれており、いつもの怒りというものが含まれていない。

 俺は言葉に甘えて笑顔で「分かりました」と、言ってきびすを返す。その時、廊下側の一番後ろに座っている玲香れいかから視線を感じたが、気にしないでおく。どうせ笑ってるんだろう。

 本当に酷いよな。

 しかし、その笑っていた内の一人、守は後に罰を受けることになる。


「じゃあ次は守。前出てこの問題解いてみろ」


 先生がそう言ったのだ。

 守はさっき俺を馬鹿にしてきた。これでこの問題を前に守が苦戦していたらそれは滑稽こっけいだ。

 どうせ、守も視線だけは余裕咬ましといて、問題を前にすると全くチョークが動かないだろ。

 この後の守が楽しみで仕方がない。

 守は「はい」と言って、問題の前へと立つ。

 チョークを黒板に力強く叩いて、何やら数式を書いていった。

 そして、最後には格好つけてチョークが折れる寸前までにも力を加えて答えを記した。

 ど、どうせ間違ってるだろ。

 格好つけて間違えるのは本当にダサいぞ。

 この後、守に対して笑いが起こるのを俺は楽しみに待っていた。

 しかし、


「よく出来たな。さすが守だ」


 守は先生から激励の言葉を貰ったのだ。

 え、何。黒板の何となく書いてみました風のあの数式が正解なの? 意味わかんねー。

 今日感謝したばかりの数学を俺は再び怨嗟えんさした。

 守は踵を返し席へと足を運ぶ。その時、俺の方を見てドヤ顔しやがった。

 うわ、うっぜー。

 そういえば守は数学学年一位。理科学年二位の化け物であることを俺は忘れていた。

 まあ、逆に文系科目が駄目駄目で国語とか一点取ってたから「何でそんな国語出来るんだよー」とか、言われたことがある。だけど俺からしたら「何でそんな数学出来るんだよー」と、言いたくなる。

 人それぞれ得意科目は違うのだ。

 そんなこんなで数学の授業は終わった。

 しかし俺はその後、数学担当の先生から何やら呼び出された。また怒られるのか、と心配しつつ先生の前へと立つ。


「お前は文系科目がいいらしいな。だから数学と理科の理系科目も出来るはずだ。中間テスト期待してるからな」


 そして、そんなことを先生は口に出したのである。俺は不思議な期待に対して「はい」としか答えることが出来なかった。

 先生って俺にプレッシャーとかでも掛けたいのか。それは酷い、酷すぎる!

 俺はこの時、戦慄せんりつを覚えたのであった。

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