第5話 お金

「はい、千円札ちょうだい」


 俺の妹・威頼いより雨音あまねがそう言ってきた。

 俺はまだ一問しか数学を教えていない。なのに、もうそんな発言をする雨音の強欲ごうよくさには驚かされる。

 そんなに金欠なのか。

 逆に何にそんなに金を使うんだ。

 カラオケ? ボーリング? 映画? 女子中学生の金の使い方は残念だが、このくらいしか思いつかない。

 まあ、この三つにそこまで金を使っているとも思えないが。

 事実、俺らの家には月に一度おばあちゃんが来る。

 その度に食費十万円とそれぞれに一万円のお小遣いをくれるのだ。

 こんなに優しいおばあちゃんはいない。

 しかし、おばあちゃんは俺らと一緒には住んでくれない。

 ――おじいちゃんが病気なのだ。

 発病直後におばあちゃんから電話が掛かってきて震えた声で悲壮感丸出しの調子で俺に告げてきた。

 当然、ずっとお世話になっているおじいちゃんなので俺を含めた家族四人はすぐさま駆けつけた。

 正直、その時の容体は良くなかった。

 めちゃめちゃ苦しそうであった。

 お母さんとお父さんのその時の表情は具体的には思い出せないのだが、悲壮感が確かにあった。

 当時、小学五年生であった雨音なんておじいちゃんにすがりながら大号泣。それほどまでにおじいちゃんという存在が大好きなのだろう。

 まあ、今ではそのおじいちゃんの病気は回復してきているので安心は出来る。

 だからおばあちゃんは家での看病が必須なのだ。

 そして、それから両親は仕事の都合で海外に行くし、俺らは二人暮しを余儀なくされた。

 まあ、俺にとってはめちゃめちゃ嬉しいけどな。

 妹といつも二人きりなんて空想上に妹創ってる奴とかが絶対羨ましがるだろ。

 俺は羨ましがられている対象枠に入っているのだ。


「千円札は問題全部教えたらあげるから。次の問題は?」


 俺は過去のことを回想しながら雨音に言った。

 もう数問勉強を教えたいという欲があるのだ。


「もう教えるとこないよ」


 は? たったこの一問だけなのか。

 だけど、俺の妹の数学の出来がそんなにいいはずがない。

 中一のまとめテストも悲惨な結果だった。

 平均点が馬鹿低い訳でもなければ、解答欄の書き間違いという、足元をすくわれる某ミスをした訳でもない。

 それら何一つもない雨音のありのままの実力なのだ。

 だからまだ、後百問とか残っているんじゃないか。百問でなくとも、五十問ぐらいは残っているんじゃないか。

 そんな疑問が俺の脳裏に浮かんでいた。


「後、数問でいいから教えさせてくれよ」


 俺は雨音に頼んだ。

 さっきの睡魔を忘れたぐらいの勢いで必死に頼んだ。

 もっと頼って欲しかった。たったの一問に留まらず百問は教えたかった。

 そしたら、その頼みに対して雨音はため息をき、俺は事実を告げられた。


「もう六時五分だよ。朝ご飯作らなくていいの?」


 その時の雨音は呆れ顔ではなく、勝ち誇った顔をしていた。

 そう、今思えばまだ朝なのだ。

 今日は平日。そのため、学校にも行かなければならない。

 なので朝食を摂るのは六時半頃。

 ちなみに休日や祝日だったら十時頃。

 それを作るのはいつも俺だ。


「我が妹にしてはかったな」


 俺は悔しみながら財布から千円札を取り出し雨音にあげた。

 元々、相談の代わりに金をあげるという約束なのだ。

 だからここで相談が一区切りしたため俺は金をあげなければならない。

 何だよ。勉強教えたのに金を貰うんじゃなくて、あげるって。

 斬新だな、おい。


「ありがとう。じゃあ朝ご飯よろしくー!」


 雨音の笑顔がとても眩しかった。

 しかし、今の俺はその眩しさに可愛さだけでなく、裏も含まれていることを知っている。

 容姿端麗の癖に汚いやり方を雨音は使ってきたのだ。

 裏というものは汚いやり方とイコールの関係になる。すなわち、雨音はわざわざ時間制限が少ない朝に小規模な相談事で俺から金を奪うという頭を少し捻った悪辣な行動をってきたのだ。

 本当に金に目がない妹。

 だが、俺は雨音の思考力の向上に僅かな嬉しさを抱いていた。

 そして、俺は彼女の笑顔を後に部屋を出て行った。いつも通り階段を降りて、朝飯作りに取り掛かる。

 全く俺の妹は悪知恵だけは働くんだから。

 ――だけど、俺はそんな妹も大好きなのだ。

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