第2話 横宮守の提案

 雨音あまねは朝食を食べ終えた後、歯磨きに髪などを整えたりして支度を済ませた。

 そして、今玄関に立っている。


「行ってらっしゃい」

「ん」


 俺は雨音を華やかな笑顔と共に送るが、それに対してたったの一文字で返事をされた。

 まあ、いつものことなのでそんな気にしない。

 出来れば「行ってきます! お兄ちゃん!」と、元気な声で俺を魅了するように家を後にして欲しかったが、雨音の性格から見るにそんなのは一縷いちるの望みにしか過ぎないことを俺はよく理解している。

 それにしても惜しい妹を持った。

 もう少しは兄を頼りにしてくれよ。

 相談乗らせてくれよ。

 雨音を見送った後にそんなことを考えていた。

 そして俺も学校に行くための準備を進めていく。

 涼しそうな夏服を見に纏い、歯を磨き、最後には、


「よし、忘れ物ナッシングだな!」


 欠かさず行う朝の直前忘れ物チェックをおこなった。これで準備も完璧。後は家を出てチャリを十五分ぐらい漕がせれば俺の通う高針たかばり高校へと着く。

 現在時刻は八時。二十五分までに登校を済ませれば良いので、まだ時間はある。

 よし、今日はゆっくりとチャリを漕ぐか。

 そして俺も家を後にした。


 学校へとチャリを漕がせることおよそ二十五分。

 ぎりぎりの時間で学校へと着いた。

 にしても、ゆっくり漕ぎすぎたな。危うく先生から遅刻した理由 云々うんぬんを聞かれそうだったぜ。

 教室はいつも通り喧噪けんそうで満ちていた。チャイムが鳴るまでは騒ぎ続ける、それが今の高校生というものだろう。

 しかし、もうそろそろチャイムも鳴り、教室には担任の先生が入ってくる頃の時間だ。

 やがてこの喧噪も落ち着くだろう。

 キーンコーンカーンコーン。

 そう思っていた矢先、チャイムは豪快な音を教室に響かせた。そして、同時に先生も教室へと入ってくる。

 さて、今日も面倒くさい学校の始まりだ。



 ***



 億劫おっくうな態度で授業を受けていたらいつの間にか昼休みがやって来た。ようやく、午前の授業が終了したのだ。

 俺は今日の朝飯の余り物を詰めた弁当の包に手を掛け、ほどいた。

 まあ、味噌汁は持ってこられないので、弁当の中身はご飯と玉子焼きとサラダで虚しくなっている。

 よくよく、考えたら朝飯と同じメニューを昼飯でも食うのか。

 これが雨音が作ったものならば同じメニューであっても喜んで食べるのだが、雨音がそんなことをするはずがない。

 ······だけどやっぱり妹の作ってくれた弁当が食べたい······。


「どうしたんだ? 浮かない顔して」


 表情が表に出ていたのか前の席から声を掛けられた。

 音源は俺の友人である横宮よこみやまもるだ。

 守の顔面偏差値は俺と同じくごく普通。だが、その顔面をカバーするような金髪は妙に似合っている。

 そして守は今日、俺よりも学校に来るのが遅かった――すなわち、遅刻していた。

 そんな彼にも妹がいる。

 このことを相談出来るのは守ぐらいの友人だ。

 だから俺は浮かない顔をしている理由について話すことにした。


「最近、いやずっと雨音が俺に対して冷たいんだよ」

「なるほど。また、妹についての話か。本当に晴斗はるとってシスコンだな」

「お前だって人のこと言えねーだろ」

「――? 俺は妹のことなんて一切好きじゃねえぞ。すぐに暴力振るってくるし罵倒してくるし、勉強出来ないし······」


 守の声のトーンは徐々に下がっていった。まるで、自分の妹の短所を痛んでいるように。

 だけど、最後は故意的にやってることじゃねえだろ。守の妹さんだって頑張って勉強してるかもしれないんだぞ。それを短所に入れるのは俺的には間違っていると思う。


「要はお前は俺の敵なんだな······?」


 さっき守が発した低い声のトーンを真似て、俺は敵対心を見せた。


「お前の思考は妹好きじゃねえ奴は全員敵なんかよ······」


 守は俺のことを引いているが、何で引いているのかが分からない。

 俺が妹好きだからか? だけど、それに対して気持ち悪い、と思うのは偏見だと思う。

 シスコンで何が悪いんだ。なんで気持ち悪いんだ。シスコンこそ正義なんだ。妹には兄でも姉でも尽くす。

 それで初めて兄妹というものが確立される。

 要は守はこの世の中の兄(姉)妹を全員気持ち悪い扱いしたんだ。

 それは最低だぞ、守。


「まあ、とりあえずお前は俺にとっての友人でありながら俺の敵でもある。味方でも敵でもないっていう存在だな」

「ふーん。じゃあお前の相談に乗る必要はないな。分かった分かった」


 しまった! 守が敵でも味方でもないということは俺の相談にも乗ってもらえないということだった。

 このクラスで妹がいるのは俺と守ぐらいなんだよな。

 だから、この問題は守に相談するのが最もだ。だからといって守に頭下げて相談乗ってもらうようにお願いするのもな······。

 もういいや。別に一人でどうにかなるし、わざわざ相談にこだわる必要も無いんだ。


「まあ、乗らなくていいよ」


 拗ねたようにして俺は守に返答した。


「ああ、『金』とか利用して妹との好感度でも上げとけ、このシスコン」


 ん? 今めっちゃ重要なこと言われた気がするんだけど。


「お前今、なんて言った?」

「だから金でも利用しとけってことだ。それがお前に一番似合っているやり方だ。まあ、実践したらただの馬――」

「それだ!」


 俺は守の言葉を遮った。

 そして手に持っていた箸の存在を忘れ、風を斬るように席から立ち上がり勝ち誇った顔をした。

 急に大きな声も出したのでクラスメートからの焦点が俺に定まっていた。

 だが、そんなのはどうでもいい。

 一番いい方法を相談に乗らないとか言っていた守が教えてくれたのだ。

 何だよ。結局相談乗ってくれたんかよ。守は優しいな。


「――は!? お前まじでこの方法使おうと思ってんの?」


 しかし、守は驚きの表情をしていた。どんな点にそんな驚く内容があったのか、俺には遺憾ながら分からない。


「金だぞ? マネーだぞ!? それを妹のために使うんだぞ。よく考えてみろ。お前の買いたい物は買えなくなる。だからラノベとかも買うのが厳しくなるかもしれねえんだぞ?」


 守は自分から提案してきた癖に俺がそれに乗ると一気に牽制けんせいしてくる。

 何なんだよ。自分の提案を採用して貰ったら普通は喜ぶだろ。

 だが、ここで俺は一つ気づいた。元々守は相談に乗るつもりじゃなかったんだ。だから、自分の口からポロッと出た意見が採用されてしまったことに苛立ちを覚えた。なるほど、合点がいった。


「雨音からの好感度が上がるならそれでいい。何せ俺が今、一番欲しいのはその好感度だからな」


 俺は俺なりに名言を放った。

 だけど、何で守はガチで引いちゃってるんだよ。

 俺ってそんなやばいか? いやいや、守がやばい。妹いるくせにその妹の長所よりも短所が上がる時点でおかしい。


「また、二人とも妹について話してるの?」


 俺が心の中で守のおかしな点を否定している最中に隣から声が掛かり、彼女を見た。

 俺のもう一人の友人である窯宮かまみや玲香れいかが音源の正体であった。

 バラのように美しい茶髪。それは少し長いのかポニーテールでくくっている。そして、小鳥のような可愛らしい瞳。この雰囲気からして凛とした感じはうかがえない

 真面目系女子ではなく、可愛らしい系女子だ。


「相変わらず晴斗がキモいんだよ」


 ぐはっ。今まで様子でその感情を出していた守がとうとう言葉を利用して玲香に言い放ってしまった。

 にしても傷つく。やっぱ守には妹という存在のありがたみを知ってもらう必要がある。

 そんなシスコン=キモいとかいう偏見はいつか俺が打ち砕いていてやる。

 覚悟しとけよ、このシスコン反対主義者め。


「相変わらずなんだね。晴斗は」


 謎の倒置法やめてね!? それだと俺だけがキモい、と言われてるみたいじゃないか。せめて守も巻き込めよ。


「確かに俺は相変わらずシスコンである。けれどキモくはない! シスコンは正義であってステータス。だから俺のステータスはお前らよりも断然と高いんだよ」


 俺はキモいということだけを否定した後、シスコンがステータスになるということをこのわからず屋の二人に教えてやった。

 事実、シスコンであることによってその愛しの妹からの「頑張って」とかいう言葉は大きなステータスの上昇の要因となり、勉強もはかどる。

 ゆえにテストの点数も上がる。

 まじでシスコン最強。いつか雨音にも棒読みじゃなくて真剣な感情がこもった状態で応援されたい。


「······まあ、晴斗の愛は妹ちゃんに伝わっていると思うよ。だけど晴斗、妹ちゃんに嫌われているんだよね?」


 そして、唐突に玲香は俺の傷つく言葉ナンバーワンをさらっと言ってきた。

 そうだよ。多分俺は嫌われているんだよ。

 素直に首肯するのは哀れだと思い、少しの嘘を含めた言葉を俺は放つ。


「いや、雨音は確かに俺に冷たいがそれはツンデレというやつなんだ。『もうお兄ちゃんのこと何て知らないんだからね!』みたいなことを毎日言われているだけなんだ······」

「まず、お前の妹ちゃんって『お兄ちゃん』なんて言わねえだろ」


 そこに触れたらダメだぞ守。

 妹は兄に対してお兄ちゃんと言っていい権利がある。にも関わらず、雨音はその権利を使わないのだ。権利がありながらして使わないなんて絶対損だと俺は思う。


「まあ、それはいいとして俺は今日、金を利用して雨音に頼られる。アドバイスをくれた事感謝するぜ守」


 二人は俺の言葉を聞いた後にため息をいていた。

 絶対に金を利用してでも雨音からの好感度を上げてやる。

 作戦決行は今夜。

 雨音は金に目がないから恐らく成功する。というか、絶対成功させてやる。

 ――なんせ俺は俺の妹が大好きなんだから。

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