金から始めて薄情な妹からの好感度を上げたい!

刹那理人

第一章

第1話 兄妹のいつもの朝は始まる

「······起き······て」


 誰かの声が耳に届いた。

 意識は朦朧もうろうとしており、誰の声かも分からない。

 とりあえず眠い。瞼が重い。

 開きかけていた瞳を俺は自然と閉じていく。


「はあー、もうまた寝るな! 起きろ!」


 その誰かは息を吸ってから音を一気に吐き出した。それに伴い、めちゃでかい声が俺の鼓膜を揺らす。

 しかも同時に俺の頬には鋭い痛みが走り、その痛さのあまり飛び起きてしまった。

 俺はビンタされたようだ。

 にしても、痛い。どれだけ強い力込めてビンタしてくるんだよ。

 俺の目の前に立っているのは俺の妹・威頼いより雨音あまねだった。

 海のように透き通っている可憐なロングヘアーと容貌に浮かぶ大きな瞳。さらに少し虚しい胸元を覆うセーラー服はそんな可愛さをさらに引き立たせており、よく似合っている。

 端的に言えば俺の妹は容姿端麗である。

 だが、俺はそんな美少女が音源の正体だとは途中まで気づけなかった。


「雨音が俺を起こしてくれていたんだな。わざわざありがとな」


 さっきのビンタと雨音の天使のような可愛さで俺の睡魔はいつの間にか吹っ飛んでおり、呂律ろれつも回った。

 にしても、妹パワーはすごい。これなら五時起きとかも夢じゃないかもしれない。

 そんなことを考えていると、雨音が口を開いた。


「別に感謝されても嬉しくないし······てか笑顔を向けるのはやめて。キモい」


 言葉尻の三文字は俺の心に槍が刺さるぐらいの勢いでそこに傷を負わせた。しかも蔑んだ視線で見つめられているから余計傷は深くなっていく。

 ずっとこんな視線で見られるのも嫌なので、俺は言葉を選ぶことにした。


「キモくてごめんな。だけどこれでも一応雨音の兄貴をやらせてもらっているんだ。些細な愛情表現ぐらいは許してくれ?」


 自分の中では結構いい言葉を並べたはずだった。しかし、雨音の表情は余計強張っている。俺、何かキモイ発言したっけ? それは俺の心にそんな疑問を持たせてきた。

 そして、俺の心の傷は限界に達するぐらいに深く掘られた。


「え······まじキモすぎ。シスコンにも程があると思う」


 何でそうなる!?

 雨音は俺のことを強く睨んできた。どうやら本気で引かれているようだ。だけど、それを表に出すのはやめて欲しかった。何故かと言うと、それによってお兄ちゃんは非常にショックを受けるからだ。


 これらの通り――俺の妹・威頼雨音は俺のことを嫌っているらしい。

 理由は分からないが、推測としては特にスペックの高くない俺が、雨音に対してキモいぐらいの愛情表現をしているからだと思う。

 容姿平凡でどこにでもいそうな高校生で、特に有名人でもなんでもない。他とまさっていることとして思いつくことは勉強と家事ぐらいだ。

 これがシスコンのイケメン俳優とかだったらどうだろうか。

 雨音は間違いなくブラコンになる。

 くそー! イケメンになって、雨音に好かれたい。

 そして、少しは俺のことも頼って欲しい。

 そんなことを考えていた時、横から雨音の声が俺の耳に届いてきた。


「何ぼーっとしてるのよ。早く朝ごはん作ってよ」


 そうだった。俺らの両親は仕事の関係で海外に行っている。だから必然的に家には俺と雨音が残されることになる。

 そして、料理とかは兄である俺にゆだねられる。これを言い換えれば、俺が作った料理を妹が口にする。なら、それが美味しければ、好感度は少しでも上がるのじゃないか。

 俺は考えた。だから、今はやる気満々だ。


「はいはい。分かったよ。今日もお兄ちゃんの愛情がたっぷり詰まった朝ごはんにしてやるから楽しみにしとけよ!」

「わかった。美味しいの期待しとく」


 雨音は俺に呆れ返っているのか台詞せりふが棒読みであった。

 しかし、「期待しとく」と、言われちゃった以上腕を振るうしかないな。

 俺は部屋を出ていった雨音についていくように階段を降りる。そして今回、朝の決闘の場といえる台所についた。

 もしかしたら今回の戦いで雨音の好感度が変わるかもしれない。「料理の出来る人大好き!」とか言われるかもしれない。

 だからこれは俺にとって人生を左右するほどの重大なたたかいなのだ。


 まず、今日の朝ごはんのメニューから決めていこう。

 えっと、雨音の好きなものだからハンバーグとかでいいかな。いや、朝からハンバーグとか胃に重たすぎるか。

 ここはサラダと玉子焼きにご飯と味噌汁でいってみるか。

 王道と言われれば確かに王道のメニューだが、いつもの作り方と変えれば味自体は変わる。要はメニューがごく普通でも料理の腕前によってその一品一品の味の本質が変わるということだ。


「よし、頑張っちゃうか。雨音もお兄ちゃんに力を与えてくれよな」

「おー、頑張れシスコン晴斗はると

「そこはお兄ちゃんだろ!」


 棒読みでも一応雨音からの応援は貰ったので、俺のやる気はマックスになった。

 まあ、お兄ちゃんって言ってくれたらマックス超えるんだけどな。百二十パーセントいっちゃうんだけどな。

 そんなことを惜しく思いながら、俺は朝飯の準備を着々と進めていく。


「出来たぞー」


 そして三十分後、俺は朝飯を作り終えた。

 にしても、昔はじゃがいもの皮剥きだけで二十分掛かっていたのに相当成長したな。

 まさに俺天才! 神様が産んだ奇跡の子!

 俺は自画自賛した。

 今回は味付けとかもガラッと変え、味見したところいつも以上の絶品が完成したからだ。

 正直、これ三十分は相当すごいと思う。主婦でも厳しいんじゃね。俺、料理番組出たら百万円獲得しちゃうんじゃね。

 そのくらいの自信はあった。

 今回で雨音をブラコンにさせる。それが料理のやる気の原動力なのだ。


「ほら、雨音。早く来て飯食えよ」


 俺の呼びかけを余所よそに読書をしていた雨音が食卓に向かって来る。

 まずは一口食べた時の顔の表情をうかがってみようと思う。

 そこで、俺の今回の料理の合否が確定するはずだ。


「あれ? ハンバーグじゃないの?」


 残念そうな表情を浮かべながら雨音は俺に言ってきた。


「ああ、朝からハンバーグはきついだろ。とりあえず、一口食べてみろ」


 俺が食事を勧めると雨音は箸を手に取った。そして、一番の自信作である玉子焼きを掴み、口の中に入れる。


「どうだ?」


 俺はくが、雨音の表情を見ていると大体どんな感想を持っているのか予想出来た。

 ――これは俺の勝ちだ。

 雨音の顔からは幸せ、という感情が漂っている。頬は緩み、唇が蕩けおちているのがそれを主張している。

 俺はようやく雨音をブラコンにさせることが出来る。

 悩み事とかを話し合える兄妹にようやくなれる。

 そんな場面を想像して浮かれているところ、雨音が言った。


「うん。いつものも美味しいけど今回のはいつも以上に美味しい」


 来たー! 今、俺の心では歓喜の嵐が起こっている。

 これで、ようやく雨音からの信頼を握ることが出来る。

 今思えば長い道のりであった。

 散々罵倒され、暴力を振るわれることもあった。しかし、今日からは仲の良い兄妹になれる。

 ······と、思っていたのだが、


「まあ、料理の腕は確かに認めるけどそのキモい顔やめてくれない?」


 そんなのは一縷いちるの望みにしか過ぎないことを俺は知らされたのだ。

 また、俺に対して雨音は「キモい」と言ってきた。そのため、俺はおよそ百万ダメージを食らった。ゲームのラスボスは倒せるぐらいの数値だ。

 心の中での歓喜は一気に悲哀へと打ち消された。

 まあ、確かに料理だけでそんな好感度を上げるなんて無理だよな。

 現に俺は何度も雨音の朝食を作ってきた。そんな急に美味しいからと言って俺に対する好感度が上がるはずがない。

 楽観的に考えすぎてしまった。


「キモい顔で悪かったな。雨音が美味しそうに食べてたから喜んだだけだし」


 美味しい朝飯を作ってやったのに雨音の態度は変わらなかった。だから俺は拗ね気味でそう言った。


「ふーん」


 一方で雨音は適当な返事。

 このままだといつもみたいに会話が終わってしまい沈黙が走ってしまう。

 そこで、俺は考えた。

 雨音に「困っていることとかないか?」とか、相談を要求したら少しは話が続くのじゃないか、と。


「ああ、ところで雨音、最近困っていることとかないか? あるんなら相談乗ってやるぞ」


 考えていたことを俺はそのまま口に出した。


「――は? 兄に相談するわけないし、まず悩み事とかないし」


 そして、嫌そうな顔をしながら雨音は言ってきた。

 しかし、それは虚言である。

 俺と雨音はおよそ十四年もの間一緒に暮らしている。だからこそ、俺にしか分からない雨音の状態というものがはっきりと分かる。

 雨音はここ一週間、毎日のように深いため息をいていた。そして、心配が窺えるような顔もしていた。

 ――すなわち、雨音には悩み事が存在している。それなのに、悩み事の有無をいても否定してくる。

 だから、今の雨音の発言は虚言。

 嘘が混じりあって兄に対しての信頼の薄さが読み取れる。

 ――お兄ちゃんはショックである。

 まあ、これ以上俺が雨音に何かいたら余計嫌われそうなので、ここは首肯だけしておこう。


「そっか」


 その俺の首肯を後に俺らの間には沈黙が走った。

 また、今日一日こんな感じで終わるのか、と心の中にはもやが残っていた。

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