第二話 幽霊係

結局、大和は同期に話すことが出来ず新年度を迎えてしまった。所轄勤務ではなくなった為、いつもと使う電車の路線を使う。特殊警察部は各署には設置されておらず本部にだけある特別な部署だった。

「ここが……県警本部……」

正面階段を登り、高い建物を見上げる。しかし春の香りと陽射しで目を眩ませ、逃げるように視線を外した。

館内に入り、まず異様だと感じたのはエレベーターだった。

『公務獣専用』

「こうむ……じゅう?」

噂には聞いたことがあった。特殊警察部に属する専門の動物のことだ。まだ直接見た事はないが、警察犬のようなものだろうかと大和は人間専門のエレベーターに乗り込む。通勤時間だというのに、機械の箱には大和しか乗らない。扉が閉まる間際、扉の前にいる他の警察官達が憐れむような目で見ている気がして、大和は閉まるボタンを連打した。

そして……

──エレベーターは地下へとおりていく

地下には特殊警察部と倉庫、そして地下駐車場しかない。夜勤の交代時間でもないこの時間帯なら地下駐車場へ下りる人は少ない。よって、下の階へ行く面々は特殊警察部の人間だと思われる。嫌な視線は扉で阻まれたが、それが作り出す不穏な空気にひとり包まれながら、大和は地下へとおりた。

ポンッと音を鳴らし、開いた扉。

薄暗く、ものが散乱して、寒そうな廊下が広がっている……

そう想像していた大和の目の前には綺麗な白い廊下、丁寧に貼られたポスターに掲示板と、差別ない綺麗な空間が広がっていた。拍子抜けした大和の目の前で扉が締まりかける。挟まれながらエレベーターをおり、キョロキョロと自身の部署を探した。

『特殊警察部 怪奇課 幽霊係』

一枚板にそう掘られ、扉の横にぶら下がっている。

「ここが俺の新しい職場……」

想像とは違う内観に、中にいる同僚達の姿は全く想像つかない。しかしドアレバーに手を乗せた瞬間、背筋に悪寒が走った。

──この奥にはいくつかの霊体がいる

無視し続けていた感覚が呼び覚まされる。

「失礼します! 本日より配属されました春市大和です!」

大きな声で入室した大和は敬礼ポーズをとる。しかし、目の前に広がる光景に口を唖然と開け、敬礼している手が力を失った。

「あーーー、天国うう」

扉から一番近いデスクの床にはツキノワグマが仰向けに寝ており、その腹の上で女性が至福の時間を過ごしている。

その奥では……

「マルさん! 早くしてください!」

中年の男がそう叫ぶと、1匹の猫が壁の隅へ突撃した。何かを追いかけ回し、「取ったにゃー!! 逮捕だにゃー!!」と咆哮し高々とジャンプしたその口には台所によく出る黒いアイツ。

「ありがとうございます! ちょっ、こっちには持ってこないでくださいよ!!」

飼い主に自分の狩りの出来を見てもらおうとマルと呼ばれた三毛猫は中年の男を追いかけている。大和はその光景に「ネコが喋った……」と見開いた目を更に丸くした。猫の狩りを見ている間に熊をベッドにしていた女性は夢の中へ……

他に誰かいないものかと見渡すと、一番奥のデスクに男がいた。そこへ近づくには熊を越え、ゴキブリを咥えた猫から逃げる中年の男を避けなければならない。

仕方がない、と大和は足を踏み出した。デスクやファイルなどの仕事環境は所轄のオフィスと大差ない。ただそこに動物サーカスのような光景が広がっていれば別で、公務員の職場とは思えない緊張感のなさだ。

ようやく奥のデスクまでたどり着き、もう一度敬礼をして「お仕事中失礼します!」と声をかけた。

大和の声にようやく反応し、顔を上げた男は丸い淵の眼鏡をかけていて文学が似合いそうな大人しい顔つき。鼻の頭にはそばかすがあり、他の職員と同じく足元には動物──犬がいた。

「本日より配属されました春市大和です!」

メガネの奥で目を細めた男は「ぶちょー」と気だるそうに声を発した。

「えっ? 何、どうしたの堺君……おや君は?」

大和が振り向くと、そこには三毛猫マルを抱えたゴキブリ嫌いの中年男性がいた。この人が部長かと、大和は顔を引きしめもう一度挨拶をする。すると、最初に口を開いたのは猫のマルだった。

「おお、君が春市かにゃ。俺が特殊警察部部長のマルだにゃ」

「へ?」

管理職に対して、大和は素っ頓狂な声を出した。何かの冗談だと1番部長そうなマルを抱える中年男性を見た。

「僕は怪奇課幽霊係の係長の角野すみのです。春市君、よろしくね」

「待ってください。猫が部長なんですか?」

「最初は驚くよね。そうなんだ。とりあえず説明はあとにして顔合わせと言いたいところだけど……」

角野は熊の上で寝てしまった女性を一瞥したあと「今度にしようか。佐賀君は夜勤明けであの状態だし、堺君も今から現場直行だし」と申し訳なさそうに言った。優しそうな係長で大和は安心した。

「顔合わせは警察学校出たあとだね」

大和の身体から血の気が引いた。

「け、警察学校?! あそこに戻らなと行けないんですか?!」

半年間みっちり鍛えられた学校へ再び戻らねばならぬという事実に、配属が決まって一番最悪な気分になる。

「二週間ね! ほら、ここ特殊だから。専科を受けてもらわないといけないんだ。じゃ、行こうか」

優しいと思った角野は「さぁさぁ僕とマルさんも行くから!」と来て数分しか経っていない大和の背中を押した。

「あ、あの! こんなこと言ったらあれなんですが、俺、幽霊見えません!」

「どうして?」

「ここに入る前に霊体の気配を感じて、今も感じているんですけど、見えないんです!」

大和はぐるりと部屋を見渡すが幽霊らしきものは一人もいない。もしかしたら見えなくなったのかもしれないと、心踊らせながら伝えるが……

「幽霊ならたくさんいるじゃん、ほら」

堺と呼ばれた丸眼鏡の青年が自分の足元、マル、そして熊を顎でしゃくった。

「動物の中身、幽霊だから。てか君、霊力強すぎじゃない?この部屋は結界が張られているのに外で霊体を感じたんでしょ?」

気に入らないと言った目付きで丸眼鏡の奥から嫌な眼差しを向けられた大和は、自分の霊力の高さを思い知らせてしまい頬を痙攣させた。

角野が堺を宥めながら紹介を始めた。

「この子はね、さかい 祥真しょうま君。今年でここの二年目。春市君の一つ下かな?」

先輩であり後輩でもある堺は、大和を上から下へとジロジロ見ている。最初の興味なさげな態度は微塵もない。

「それだけ強いと霊と人間の区別もつかないんじゃないの?」

堺の言葉に大和は目を伏せる。そのせいで何度も一般人には何も見えない場所へ声をかけて不気味がられた過去を背負っているからだ。

「はい」

「だったらここに配属された原因も分かってないでしょ? どうして見えることがバレたんだ?って思ってるんじゃない?」

的確な堺の言葉に、大和は顔を上げ「そうなんです!」と話に食いついた。

「人事はどうして俺が見えるって気づいたんでしょうか。自分で言うのもなんですが、結構この体質を隠せていると思ってたんですけど」

まだ真相に気づかない大和に「本当に霊力が強いんだな」と角野は感心し、マルは喉を鳴らし、堺は舌打ちをして話を続けた。

「採用試験の話を同期としたことがあるか?」

「あります。俺だけ質問の数が多くて……」

「それだよ」

「え?」

「面接官の話はしたことあるか?」

「ありますよ。顔が怖かったとか、圧迫面接されたとか」

「人数は?」

「人数? それは話題に上ったことないです。3人いたのは覚えてます。人によって違うんですか?」

堺は「あーもう、ムカつく。俺、もう現場に行きます。おいで、チャップリン」と犬を連れて仕事へ向かってしまった。

大和に全ての解明をしてくれたのは角野だった。

「面接官は3人だ。どの受験生にも平等にね。でもそのうち1人は幽霊だ。きっと君の同期達は「面接官は2人だった」というだろうね」

大和は息を飲んだ。

「堺君は面接の段階で気づいたみたい。身体が少し透けているからね。でも君はその霊力の強さのせいで生身の人間と変わらずに見えたのだろう」

「待ってください。他の面接官は知っているんですか? 面接官に幽霊が混ざっていることを」

「知っている。しかし見えない。だが、必ず4つ目の質問は幽霊の面接官が出すことになっている。正常な人間は3問目を答えた後、少しの間があり4問目と見せかけ5問目に答えているのさ。逆に幽霊による4問目に答えたものは──」

──幽霊が見える証

「つまり採用試験の段階で俺はこの部署に配属される事が決まっていたんですか?」

角野とマルが同時に頷いた。


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