第一話 春市大和

20××年、日本の警察は幽霊が起こす怪奇現象の解決まで担うようになっていた。街中の啓発ポスターには叫び声をあげる女性が描かれ、その吹き出しに「怪奇現象は1104《ひゃくとうばんよ》!」と元来の110番とは別の専門の番号が記載されている。「4」という不吉な番号がそれっぽいと採用した人間の気がしれない。そして一般と分けられているあたり、この通報の特異性を感じさせる。この番号へかけると、センターへ繋がり、その後、幽霊関係は幽霊係、妖怪関係は妖怪係など、担当場所へと連絡が入る。


「幽霊なんて……」と言われがちだが、この特殊警察部には毎日多くの事件が舞い込む。

そして、来年度その部署への異動命令が出た春市大和はるいちやまとはとてつもなく落ち込んでいた。


──どうして俺が?


大和は刑事になりたくてもなかなか推薦してもらえず26歳となった今も交番勤務だった。同期の中には大和の憧れ「刑事」になった者もいて、遅れをとるまいと頑張っていた。たまに同期と飲みに行っては「素質のなさを見抜かれているのか」と吐露していた。励ます者もいれば「確かにお前はたまにのろい」と言う者もいる。後者は刑事になった同期で、大和はそれを言われる度に唇を噛み締めていた。

今夜も久しぶりにその同期達と飲みに行くのに、土産話にもならない最悪な辞令にキャンセルしたくなった。しかし、唯一の楽しみである誘惑に負け、結局約束の居酒屋へと向かってしまう。

「取り調べ長引いちまって」

と、あとから来た刑事の同期・野田とカチリと目が合った瞬間、やはり「来年度も交番か?」と揶揄われてしまう。ビールジョッキに口をつけ答えない大和の反応を勝手に「イエス」と捉え、野田は更に揶揄った。

「お前は採用試験の時から抜けてんだよ~」

と、大和を揶揄う鉄板ネタを今日も放り込む。


警察学校時代、採用試験の個人面接の話になったことがある。定型化された試験では聞かれる内容は同じで、質問数も大差変わりない。しかし、大和だけ質問数が多かった話を何気なしにしたら、そこから大和の性格を揶揄う話が生まれてしまった。

「情報が少なすぎるから、面接官に突っ込まれるんだよ」

面接は自己アピールの場。1つの質問にいくつ自分の中の警察官としての素質をアピール出来るかがポイント。多くの質問を食らった大和は面接官に与える情報が少なすぎて困らせたと周りは言った。それに……

「現場の情報だって後出しが多いしな」

大和は報告をしなかったり、あとから「実は──」と発言することが多かった。迅速な捜査には致命的。これが原因で推薦してもらえないと同期達は言う。

しかし、これには原因があった。


大和は物心着いた時からこの世のものでは無い存在が見えていた。汚れた世の中を知らない時は、所謂「幽霊」や「妖怪」の類が見えることはとても楽しいことだった。

しかし……

「大和、きもちわりー」

小学生の頃、友人に放たれた言葉が全てを変えた。特異な個性は受け入れられることなく、大和にとって邪魔な性質になっていった。中学へあがる前、父の転勤が決まり、新天地では自分のそれを隠して生きてきた。

しかし見えることに変わりはない。

廊下ですれ違ったセーラー服の女子を「可愛いな」と言った時、友人のキョロキョロする姿は今でも忘れられない。


──見えるもの、感じるものを直ぐに言葉にしてはいけない。だって普通の人には見えていない可能性があるのだから


大和は見える事を隠すために発言や視線には最大限の注意を払って生きた。

その結果、人より発言が遅れてドン臭く見えるのである。染み付いた癖は抜けなかったのか、採用試験の面接にも出たと同期に言われた時は、苦笑いを零すしかなかった。


──しかし、来年度からは隠してきた体質を活かさなければならない


適材適所な筈なのに、喜べないのは、同期に胸を張って異動の件を告げられないほど、特殊警察部が白い目で見られている部署だからだ。

見えない存在と戦う姿は傍から見れば滑稽で、感謝もしにくい。項垂れる犯人の姿も見えなければ、かっこよく逮捕する姿も普通の人間には写らないのだから。演技もしくは道化師にしか見えない。同期達にも自分が見える存在だと知られてしまう。

大和は、今日が最後の飲み会かもしれないと、いつも以上に酒を煽った。

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