グラスフィッシュの骨

冬澤 紺

第一章 特殊警察部怪奇課幽霊係

プロローグ 狸と警察官

ある民家の前に1台のパトカーが停まっていた。中に乗っていた警察官は既に民家の中。

「怪しい物音が酷くなったのはいつからですか?」

制服に身を包んだ警察官が通報者に尋ねる。通報者であるこの民家に嫁いできた女性は「半年前からです」と頭を抱えていた。普通ならば怪しい物音がすれば即110番だ。半年以上かかったのには理由がある。それは──

「やはり幽霊の仕業なのでしょうか」

「ええ、そうだと思います」

はっきりと警察官に言われ、女性は青ざめた。これ以上血の気を失わないよう、警察官は帽子で女性から視線を隠しながら部屋を見渡す。


──悪戯好きの霊が三体……かな


突如やってきた幽霊専門警察官に、この民家で好き放題してい幽霊達は追い出す策を練っていた。勿論、その話し声も、幽霊専門警察官・春市はるいち 大和やまとには聞こえている。

「知性が低そうだの」

大和より低くしゃがれた声が下から聞こえる。その声に「ゲンさんうるさい」と大和は思わず答える。すると女性は首をかしげた。

「ああ、いえ、この子の落ち着きがないもので!」

慌てて大和は足元にいる狸を撫でた。

「あら、可愛らしい狸さん。お仕事ご苦労様です」

耳に髪をかけながら手を出す女性に、「ゲンさん」と呼ばれた狸はぷいっと冷たい態度をとった。女性には聞こえていないが、実際は「おい、大和! この子とはなんじゃ! そこの女も儂を幾つだと思っとる! もう68じゃわいっ!」と叫んでいた。

不思議な光景だが、幽霊専門警察官には普通の光景。普通の警察官が警察犬をつれている感覚と同じだった。そしてゲンさんの声は専門の人間にしか聞こえない。可愛い狸の中身が還暦を過ぎた爺さんだとは思いもしないだろう。

「さっさと片付けて帰るぞ。あんな弱っちそうな霊体、すぐじゃっ」

機嫌を悪くしたゲンさん、本名・源次郎げんじろうが鼻を上に向けクンクンと動かす。

「ほお、知能が低いは前言撤回したほうがいいかもしれんのお」

「急に野生の目つきになったね。さあて、仕事しますか。すみません、この陣の中に入って貰ってもいいですか? 取り憑かれると大変なので」

取り出した黄ばんだ布には陣が編み込まれている。人が3人入れそうなそれを広げると、女性は慌てて入った。

そこから少し離れ、大和は源次郎に尋ねる。

「前言撤回ってどういうこと?」

「こやつら、生きたネズミを操っておる」

「それに取り憑いて、夜な夜な悪戯してるってこと?」

「物音ごときなら取り憑く必要は無い。さしずめ盗みを働いているといったところか。霊体ではものを触れぬからの。天井裏のネズミたちから取り憑かれた臭いがする。儂はネズミの回収に向かう。狭いところはおてのものじゃ」

「流石、ゲンさん。鼻がいいね。じゃ、俺は……」

大和は装備品の中から縄に札を巻き込んで編まれた手錠を取り出した。

「悪戯幽霊を捕まえるとしますか!」

人間の足と、狸と足が一緒に逮捕へと駆けていく。息のあったスタートダッシュと同じ熱意を持った背中。


──常人には見えゆ犯罪に立ち向かっていく姿は普通の警察官と何も変わらなかった


***


「ほんっとうにありがとうございます!!」

女性は深々と頭を下げた。膝の上で体を支える為に添えられた左手の薬指には指輪が煌めいている。

「退治だけでなく、指輪まで!」

「幽霊たちがネズミに取り憑いて盗んだものです。怪奇法に乗っ取り特殊窃盗罪でも検挙しますね。では俺はこれで」

踵を返す大和に女性はもう一度頭を下げた。来た時とは全く違う態度。幽霊専門の警察など信じない人間がようやく信じた姿を見た時、大和達は幸福と達成感に包まれる。

パトカーに乗り込み、後部座席をみる。

「それにしても狭いなー」

3人の幽霊が手錠をかけられ、後部座席に拘束されている姿は狭苦しそう。その証拠に透けている身体の隅が重なっている。

「はやく帰るぞ大和」

「分かってるよ……って、ゲンさん、大事な証拠品なんだから檻にしまっておいてよ」

助手席の源次郎は狸の前足でネズミを鷲掴みにしていた。

「うるさいのー、儂が逃がすわけないじゃろ」

大和は肩を竦めたが、そのままパトカーを発進させた。人間と狸の間に流れる信頼と絆は先程の逮捕劇を解すほど優しく穏やかな空気を纏っている。


しかし、こんな二人にもギスギスした時代はあった。そして今でこそ使命感に燃える大和にも、幽霊専門警察官として胸を張れない時期があった。

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