第12話

 全裸のパレードは、実に色彩豊かだった。


 きめ細かい象牙色の肌の柔らかい女に、黒檀のように黒い鋼の男。


 美しいものもいれば、醜いものもいた。


 いずれも他者の視線から解放され、赤児のように無垢だった。


 少しだけ迷った末、しんがりを行く、小麦色の尻をした女の後にくっついていくことにした。


 長い長い廊下を歩く。


 歩きながら気づく。実のところ、生まれてこのかたずっと、ただひたすらにここを歩き続けてきただけだったのだと。


 目に映る風景がどんなに忙しく変わりゆこうとそこに本質的な変化は一切なく、いつだってただこの一本道を歩き続ける孤独な私が在るだけだったのだ。


 無限に続くかと思われた廊下は突然終わり、視界が開けた。


 眼前に巨大な白亜の建物がそびえていた。


 窓も扉もなく、ただひたすらのっぺりと無表情だったので、それが一種の墓標であろうことが伺えた。


 あの中はきっと、見渡す限り殺菌された白い空間だ。ベルトコンベアーで流れてくる、命が抜けたあとの獣やら虫やら植物やらをゼンマイ仕掛けの壊れた人形が金槌で潰している。


 人形の目は虚ろだ。というより、そもそも眼窩に瞳がない。目はただの空洞で、頭部に格納されているゼンマイやら歯車やらがこちらから見えてしまっている。


 虚ろな窪みが不意にこちらを向く。私は目を逸らして先を急ぐ。なぜ私は睨まれたと感じるのだろう。視線を感じるのだろう?相手はただの虚ろなのに。


赤いカエルが、三葉虫が、カブトガニが、続々と流れてくる。流れ着いて、壊される。人形に、カナヅチで叩き潰される。ぺったん、ぺったん。機械的に。餅をつくようにリズミカルに。まず平べったくして、それから外皮を剥ぐ。皮を剥がれたものたちは途端に形を失ってドロドロになり、人形の足元で煮え滾っている大鍋に流れ込む。全ては平等だ。情け容赦はない。唯一の例外はヒトだが、ヒトにもまた似たような末路が用意されている。ただし、ここではなく別の場所で。


 どうせなにもかも鍋にぶち込んで跡形もなく溶かしてしまうのなら何もわざわざ皮なんか剥ぐことないのに。でも剥ぐように仕組まれているのだ、この憐れな人形は。それが存在理由なのだ。なぜなら皮は境界だから。自と他を隔てるその膜を取りさらなければ、真に自由になり、あらたなものに再生することができないからだ。


 ここに流れ着くのは生き物だけではない。音符、道路標識。時計や本もまた、ここに流れ着く。そう、いつぞや、窓から旅立っていった文字たちも、みんなみんなここで最期を迎える。あらゆる意味や因果律、理がここで解体されていく。色も形もないドロドロの原形質に還って、鍋の中に落ちて行く。


 鍋の脇には一つ目の巨人がしゃがみこんで火の番をしている。大きな一つ目の瞳は、紫色の炎を受けて温かく輝いている。


 鍋がいっぱいになると、巨人は口を大きく開けて上を向き、鍋の中身を己の口腔内に投じる。一滴残らず飲み下すと、巨人は満足そうなうめき声を漏らし、目からポロリと一粒の涙をこぼす。朝露みたいに透明で、岩みたいに大きな雫を。 この世の全ての秩序が巨人の涙で終わるなど、誰が想像しただろう。


 私は墓標の内部で行われていることをこの目で直接確かめることはせず、そのまま歩き続けた。


 大きなプールがあった。水面は真夏の強烈な日差しに照り輝いている。


 こめかみを流れ落ちる汗を袖で拭う。 知らぬ間に裄丈が伸び、随分と袖が余っていた。


 いや、違う。袖が伸びたのではなく、私の体が縮んだのだ。ズボンの裾も引きずられて土まみれだったし、靴はとうにどこかに脱ぎ捨てていた。真夏の暑さの下では、もう必要のないものだったから。


 真夏…真夏だって?


 一瞬、凍てつく石畳の街並が脳裏に浮かんだ。


 頭を振ってその無意味な幻を追い払う。冬だろうと夏だろうと、結局のところ大差はないのだ。


 口の中に手を突っ込み、親指と人差し指とで奥歯を摘んだ。渾身の力で前後左右に揺さぶると、磨り減って真っ平らになった臼歯は驚くほどあっけなくぽろんと抜け落ちた。


 ほんのわずかに遅れて襲ってきた痛みを、湧き出る血とともに勢い良くプールに吐き出した。


 と、プールの底で、空が割れたような大雨が降った。


 目を瞑って再び開くと、大量の紙幣がプールの水面を覆いつくし、所在なさそうにたゆたっていた。


 風が立ち、紙幣たちは勝手に丸まって、手のひらくらいの大きなマイマイになると、自らの重みに耐えきれず沈んでいった。


 水底を覗きたいのを我慢し、なおも歩を進める。あたりは急速に暗くなり始めていた。全裸の行列を見失うわけにはいかないのだ。

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